日記・コラム・つぶやき

2009年2月 8日 (日)

派遣労働者の解雇

派遣労働者の解雇:

ある自動車部品メ-カ-の社長が嘆いていました。 

人をモノとして扱い、安い外国人労働者、特にブラジル人の人達を大量に雇い入れ、増産してきましたので、飛躍的に利益が増えていましたが、今は、減産と不良率の増加でダブル・パンチになっているとの事で、以前は正規社員たちが、QC(品質改善)活動によって、改善の為の提案などを行い、不良率を下げてきたのが、派遣社員の増加により、その様な活動も停止され、いつの間にか、不良率が上がり、後悔している様(さま)をテレビで写していました。  他の企業も、CD(コスト・ダウン)運動、ゼロ・ディフェクト(不良率ゼロ)などを実施しながら、高品質な製品を製造してきましたが、日本でも昔は、見習いから入り、伝統技術を先輩から、様々な形で教わり、技術が伝承されてきましたが、その様な人材の育成には、コストと時間がかかるとばかりに、多くの日本人の経営者達も、給料を下げる事が出来る派遣社員に切り替えたい思いと、米国から強い要望があった規制緩和を小泉政権が、製造企業への派遣社員の拡大を図った為に、多くの日本企業は、競争して、正社員から派遣社員に切り変えていきました。 (「小泉政権の規制緩和で五年前、「労働者派遣法」が改正され、派遣の範囲が製造業にまで広げられたことが背景にある」-2009年1月8日付けのネット上の中国新聞の社説の一部を抜粋) 

たとえ、セイフティ・ネットが社会的に充分に張られたとしても、モノ作りの日本、高品質の製品を供給する日本に戻るにのは、大変な時間とコストがかかります。 部品の品質低下は、事故の頻度も上がり、販売量も低下し、その先は自滅への道を歩むのみですから、これからは、経営者達は、企業利益も正社員も、両輪と思い、どちらの車輪でも調子が悪ければ、将来に向かって前進は出来きない事をしっかりと自覚してもらいたいと思います。

リストラとは、再構築(restrucuturing)の意味で、従業員の再教育を行い、現事業を見直して、新事業で再度働いてもらうのが、リストラの本来の意味なんですが、何時の間にか、日本のマスコミが、解雇や首切りの意味に使用されだしました。 解雇や首切りによって縮小も多大な被害が及びますが、いきなりの工場を閉鎖したり、将来に必要な開発費の予算を削減して、株主には配当金を相当増やした企業もありますが、近い将来は、今の米国の自動車会社のビッグ・スリ-と同様に、吸収されるのか、或いは消滅する可能性があります。

商品とは、開発期(誕生)、成長期、衰退期と、人の命と同じ様な成長パタ-ンを作りますから、必ず、次世代製品を平行して開発をしていかないと、必ず自滅してたり、吸収されてしまいます。 だからこそ、技術や品質や未来への投資が大切で、その基本をあえて削減している経営者は、長期的に株を保有している株主への背任行為に近いと思うのです。

私が学んだ工業高校では、「工業経営」という教科があり、10代の脳みそは、インクが吸い取り紙に吸収する様に、知識を吸収するもので、その教科書には、如何に経営をしていくべきかが書かれておりそれらの知識やその後の社会経験に基づき、転業の為に直接雇用された英国企業が経営する工場の製品の品質のバラツキ低下対策に奔走し、安定雇用の確保をする様に迫ったり、経営者の刷新も働きかけ、更迭された後の新社長と共に、旧体質の英国工場長も更迭し、米国工場から新工場長を向かえ、品質管理部を独立組織にして再編成してから、徐々に品質のバラツキや納期遅延も解消していった、やりがいのある仕事をさせてもらう機会を頂きました。 

企業は人なりで、モノ扱いでは、企業の存続はありえません。

又、企業は、ピラネッド形の組織で、頂点が社長で、底辺部が正社員で成り立っていますから、正社員を大事にしないと、これから日本も中国の様に、サボタ-ジュが発生したり、品質の低下も引き起こしたりして、崩壊してしまう事を肝に銘じ、経営に携わってほしいものです。 経営者は、高額所得者でから、その働きがなければ、泥棒に等しい卑劣な人に成り下がってしまいます。

米国の共和党の政策によって、市場放任主義になり、自由競争こそが、アメリカン・スタンダ-ドとして、多くの国々が取り入れましたので、隣国の韓国でも、派遣問題は、日本より深刻の様です。

日本では、どの様にして、派遣切りへとなっていったかの総括を踏まえて、下記の様に、私の過去の日記を修正し、加筆をしました。

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日本を変えてしまった根元的な原因は、米国からの要求に沿って変革して来た事につきます。

では、米国は、日本に対して、どの様な方法で、米国が要求をしてきたのでしょう。

具体的には、日本の外務省経済局長と米国通商代表とが、日本の要望書と米国の要望書を両国間で、毎年、それぞれを交わして持ち帰ります。

米国の政権は、外務省へ日本政府がとるべき細かい内容が書かれた要望書(年次改革要望書の事で、正式には「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書」(The U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative)を、毎年、提出していますが、その内容は、日本に対して、内政干渉と思われるぐらい、きめの細かい米国の要望が書かれ、そのガイドラインに沿って、日本の与党が、その為に、法律を改正をしてきました。

米国の国益から見た、日本の規制や制度の改善を要求するのが、年次改革要望書で、日米間の貿易不均衡の是正が日米構造協議ですが、その会議の発足前に、中曽根元首相時代に、貿易不均衡の為に、ジャンボ機2機を日本が買って日の丸のマ-クを付けて、政治家の外遊と皇室外交に利用しています。

この間、政界を引退した、野中広務(のなかひろむ)さんは、元衆議院議員で、当時は官房長官もした人ですが、最近のテレビのインタビュ-で、この「年次改革要望書」の存在を知らなかったと言っています。 

政界を引退したので、嘘を言ってない様な気がしますが、もしそうならば、官房長官がその内容どころか、その存在すら知らなかったのは、外務省が実質的に外交のリ-ダ-シップをとっていたからと、私は推察するのです。

郵政民営化は、国内問題と思われがちですが、EU(EUも同じ様な要望書を提出しています。)の要望でもあり、特に米国からの要望でもあった訳で、ライオンのたてがみを振り乱しながら、その推進役をしたのが、小泉元首相と竹中さんでしたので、小泉さんは、ブツシュさんの大歓迎を受ける事になりました。(トンボめがねをかけて、プレスリ-の唄と思いましたが、口ずさみ、ご機嫌なシ-ンがテレビで放映された事を覚えている方もいると思います。 小泉元首相は、第88代・第89代内閣総理大臣を勤め、在任期間は2001426日から 2006926日まででした。(200567日の衆議院郵政民営化特別委員会で、当時の竹中平蔵郵政民営化担当相は、郵政について日本政府は米国と過去1年間に17回も協議したと答弁しています。)

多くの国民が巨額を貯金していた郵政事業を民営化させて、その預貯金を主に米国に投資させる目的の要望でしたし、国民の怒りに火が点かない様に、マスコミの使い方が上手い小泉首相とその政権は、マスコミ対策や反対する評論家のテレビ出演停止などをして、用意周到な準備をしていました。

まだ、多くの有権者の人たちに、人気がある小泉さんですが、二世議員を出す、他の政治家と変わらないし、彼の規制緩和によって、一部の金持ちと、大多数の生活苦にあえぐ家庭を生み出した事を考えたら、なぜ人気があるのか不思議でなりません。

米国のシンクタンクは、日本経済の強さは、年功序列と終身雇用にあると分析し、日本の政治家によって、1999年の労働者派遣法が改正され、日雇い派遣が原則解禁となり、さらにその後に、改悪されてしまいました。

これが今のワ-キング・プァの人達やネットカフェ難民を生み出した、最初の原因なんです。 

米国のその要望書で、特に印象に残ったのは、ポテトチップスの項目でした。

その要求書の内容の一部には、日本のポテトチップスの消費者の利益の為に、生のジャガイモを輸入する事をあげています。

泥が付いた作物は、日本に輸入禁止のはずですが、農水省はあっさりと許可を出して、米国から輸入されたジャガイモが、広島の最大手の工場でポテトチップスに加工されて、日本人の消費者、特に子供達に食べられています。

船便と思いますので、船内で農薬ガスが使われている様な気がします。 

年次改革要望書などのガイドラインに基づき、大豆も小麦も自由化し、肉の関税引き下げなどの政策を実行してきた日本の与党の政策の結果が、今の時代に反映しています。

日本は、米国の傀儡政権(かいらいせいけん)国家として、海外に写ってしまいますし、日本国民の意識の低さが、今の政治家を生んでいますので、国民の意識改革が、最大のカギです。

金融も産業も、ほとんど規制をしないで、拝金主義者や個人主義者によって、自由に市場経済を運営させた結果が、今の米国の姿で、欧米をお手本にしてきた諸外国も、日本と同様に危機に直面しています。

この様な危機が再び直面しない様にするには、日本も諸外国もブータンの人達の様な優れた価値観を素直に学ぶべきと思います。 ブ-タンは「国民総幸福量」の概念を提唱し、金銭的及び物質的な豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさの幸福を目指すべきだとする考えで、生活を目指していた国王が、規制緩和の道を歩みだすとしたら、他の多く国々が犯した間違いを、ブ-タンでも起きてしまうかもしれません。

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日本の昔を振り返ると、日本の多くの企業が運動会を従業と家族や地域ぐるみで共同主催をし、先輩が後輩を育成し、家族主義的な経営方針を続け、地域の住民と一緒に企業を育てていたからこそ、日本は、世界品質No.1の評価を受けた訳ですが、その反面、多くの社員は、企業戦士になり、大切な家族団欒の時間を減らした弊害もありました。 だからこそ、日本型の年功序列や終身雇用も含めた全てを、否定するのでなく、古きものに、新しいものを取り入れた「バランス」が必要と思うのです。 

お神輿は、1/3の担ぎ手が担ぎ、1/3が、担ぎ木に触っているだけで、1/3がぶる下がっていると言われ、でも、うまくお神輿を担いで練り歩きます。 生産性の高い人も低い人も現実にいるわけですし、私たちの社会を優秀な人々、普通の人々、障害をもった人々(個性と言うべきでが、まだその様に言葉が認知されていないので、あえて障害の言葉を用いました。)の様に、人を等級化たりし、勝ち組と負け組に分けたりする社会を、本当に求めていたんでしょうか。

そうではなくて、お神輿の様な社会こそが、人間味のあるやさしい社会だと思うのです。

ピラミッドの建設事業は、ナイル川の氾濫によって農地が水没した為に(しかし、肥沃な土が運ばれる為に、農業には良かった訳です。)農民の一時的な雇用を生み出すための国家的事業だっと早稲田の吉村作治教授が述べていますが、派遣に似た仕事の話は、大昔から存在した古くて、新しい問題です。 日本の農家の不作と教育費と食費の高騰によって、大黒柱の夫が、都会で出稼ぎしていた事をエジプトのピラネッド事業とオ-バ-ラップして見えました。 

様々な市場原理主義の弊害に見舞われ、赤字経営だった千葉県銚子市立病院の閉鎖を決めた市長のリコ-ル運動が始まっていました。 この様に、全てを市場原理に任せた結果が、沢山の混乱と弊害をもたらせたのですから、病院や福祉など、利益を生みにくくても、社会制度として、必要なものは、残していく政策が求められていますし、守っていくべきと思います。

埋蔵金が眠っていると言われていますし、官僚たちの横領に近い無駄使いや、高官僚の渡りの禁止などで、資金は見出す事が出来るはずで、有能な政治家を選出が最も大事な事です。

カナダも、米国同様に、沢山の銃を所持していますが、カナダの犯罪率は、極端に少ないのです。

カナダでは、食事も医療費も無料ですから、経済的な貧困の為に、犯罪に手を染める事が少なく、多くのカナダ市民も弱者を援助するのは、当たり前で普通の事と受け止めています。 

キュ-バの医療体制も、低料金で受ける事もできますし、又、国民健康保険制度をクリントン政権時代に、ファ-スト・レディだった(今はオバマ政権で、国務長官)ヒラリ-女史の主導で、制度化しようとしましたが、保険業界などの圧力で実現しなかった為に、金持ち以外の多くの米国民は、高額な医療費が払えません。 信じられない話ですが、高額の為に、医療費が払えない患者さんに対して、受け入れていた病院の担当者が、患者さんをタクシ-に乗せて、路上に捨ててくる様な米国社会を結果として、アメリカン・ブローバルスタンダードが生み出しました。

残念ながら、推察していた通り、オバマ政権は、バイ アメリンカ政策を検討している様で、保護主義へと動こうとしていますから、昨年は、序章に過ぎませんので、ここ数年が大変な時期と思われます。 キンペ-ンのみで、米国国民が賛同しなけば、金銭的なアメを米国民に与える事になるでしょうから、日本も内需拡大の政策を打ち出さなければ、さらに日本経済は悪化すると推察されます。

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2009年1月31日 (土)

再び沖縄一人旅

再び沖縄一人旅:

昨年は、沖縄、大阪そして東京と、桜前線を追う楽しい一人旅の後に、桜を追いかけながら仙台と札幌家族旅行も兼ねて行きましたが、家族も楽しんでくれた様でした。 蓄えも減ってきたので、桜前線を追いかけるかは、今年は微妙ですが、とりあえず、今年も桜前線が日本一早い沖縄で、寒緋桜を見物したく、一人旅が始まります。 そのお供する愛用PCですが、とうとう故障をしてしまったので代替PCがありませんので、那覇市内の電気店で買う事にします。

31st_jan_2009 それに正月まで愛用していたス-ツケ-スの車輪が破損した為に、一回り大きいのを買いました。 ス-ツケ-スも消耗品ですので買い換えが必要ですが、それはゴミを増やす事になりますし、買い替えは景気につながりますから、複雑な心境です。 そのス-ツケ-スと共に自宅出ましたが、1月30日の前日からの暴風と強風の余波がまだ残っていましたので、自宅側の国道で待機していたタクシ-まで、家内が傘と共に見送りしてくれ、その心遣いに感謝しながら、タクシ-に乗り込んでJR駅まで行きました。

31stjan_2009 今回は、隣町から出発する、羽田横浜行き高速バス(片道2000)で、房総半島を横断して、東京湾アクアラインの地下トンネルに入りますが、通称、「海ほたる」と呼ばれる観光用ビルがあり、バスのフロントガラスを通してうっすらと見えますが、風が強くて、高速バスが、微妙に蛇行していました。 今日は土曜日ですが、午前10時を回ったのに、アクアラインを利用している車が少ないです。 これからも赤字続きのアクアライン、何時まで存続が出来るのか、直下型地震の際は、水没してしまうなぁと思っていると、そのトンネルにはいりましたが、今東京湾の海底を横断していると思うと、少し不安です。

31st_jan_2009_2 でも、そんな不安は、雨と共に、流れ去り、羽田の第二-タミナルに到着し、荷物を預けて、ビル内の散策の始まりです。

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2009年1月26日 (月)

オバマ政権の陰(隠された所)

オバマ政権の陰(隠された所):
当時、欧州に輸出された綿花、タバコや砂糖の栽培と収穫の為に、約3世紀もの長きに渡り、1000万人規模のアフリカの黒人達が競売(けいばいで、よく間違いますが、きょうばいではありません。)にかけられ、その彼らを奴隷として買い求め、モノとして扱ってきた米国の南部(離脱してアメリカ南部連合を結成しました。)と、エイブラハム・リンカ-ン(原語の発音に近いのはリンカンで、彼の若い時代には、先住民との戦争の為に、義勇兵として入隊していた経歴もありました。)大統領が、黒人奴隷の解放の為に、議会の認可も無く支出を行い、戦争を指揮して、北軍と南軍と戦った南北戦争は、米国の内戦としても位置づける事が出来る米国史であった訳ですが、そのリンカンを敬愛するオバマ新大統領による就任演説の感動の渦が、米国内のみならず、世界中に広がっています。
そして、長年に渡って、経済封鎖されているキュ-バ(2008年10月29日、キュ-バに対する経済封鎖解除が、国連総会で日本を含む185の国々によって、圧倒的多数で決議されました。)のカストロ前大統領も、米国テレビが、インタビュ-した時には、米国の新大統領に対して賛美の言葉を述べている姿を放映していました。(カストロと一緒に革命を起こしたゲバラの映画、第1部の「チェ 28歳の革命」が上映され、第2部の「チェ 39歳 別れの手紙」は31日から上映との事で、DVDになったら買おうと思っています。)
減税やグ-リン・ニュ-・ディ-ル政策による新たな雇用を生み出す事は、とても評価が出来る事と思いますが、その財源を、新たな米国債の発行でまかなうとすれば、現在すでに20%も米国債を所有している日本にも、さらなる追加購入の強い要請が予想されますし、イラクからの撤退の方針は勿論賛同しますが、なぜ撤退するのかの、ブツシュ政権のイクラ政策に対する、総括が全くありません。
そして、タリバンとの和平工作と平行しながらも、アフガニスタンへは、これから3万人の兵力増強を公言していますので、リンカンと同様に、新大統領の本心は、偏見のない鏡には、戦争反対論者でも、理想主義者でもない、「武器を持って戦う」似非的(えせてき)な平和主義者として映り、その彼の心は、うす暗い闇が陰になっている様に見えます。 

先日、麻生政権が、あっさりと簡単に、ソマリアへの海上自衛隊の派遣を決めてしまった日本に対して、アフガニスタンへの自衛隊の派兵要請が、すぐにオバマ政権のクリントン新国務長官を経由して要請されると思いますが、日本国内の不況対策やオバマ政権の想定問題への取り組みが、緊急に議論されるべき優先課題であるのに、定額給付金や将来の消費税増税を論争している、KY(空気が読めない)議員達の集まりが、今の低落した自民党と民主党だと思います。 (その後、8月30に衆議員選挙で、自民が惨敗し、民社の圧勝し、自公政権から民主党の連立政権が発足し、権鳩山内閣が作られる事になります。)

中東政策のもう一つは、イスラエル問題がありますが、新大統領は、今後も、ユダヤ国家であるイスラエルを支持していく政策を明言しました。 
オバマ政権を生んだ背景は、共和党のブッシュ政権の政策が、もたらした放任主義による、様々な弊害、金融危機や不況を打破したく、米国民の藁にもすがりたい切なる熱い思い、オバマ自身の草の根運動や米国の民主党を支えている米国籍のユダヤ人達による強い支持が、大統領選を勝利に導いた為に、ユダヤ人国家であるイスラエルを支持せざるを得ない、背景があると思われます。

1948年にイスラエル国家が誕生する前には、そこはパレスチナ地方と呼ばれ、1880年始めに、ロシアでは、ユダヤ人虐殺の嵐が吹き、ロスチャイルド家によって送られた、ユダヤ人の青年運動家達が、このパレスチナ地方に、、入植地を作ったのが始まりで、さらに入植した東欧のユダヤ人達は、パレスチナ人達を低賃金で雇って農園を広げ、パレスチナ人とユダヤ人の共同体の社会を作り上げるのでなく、ユダヤ人の為の国家を設立しようとする「シオニズム」運動(シオンと呼ばれるエルサレム市街にその丘があり、その地に帰ってユダヤ人国家を建設する運動)と、ユダヤ人に都合が良い法律(下記の素晴らしい法律を参照下さい。)によって、パレスチナ人達を排斥(はいせき)し続けた為に、流血事件から、イスラエルの内戦(ガザ自治区のパレスチナ人もイスラエル人で、ユダヤ人もイスラエル人である訳で、人種は異なりますが、同国人同士の戦いは、米国の南北戦争と同じで、イスラエルの内戦として定義が出来ると思いますし、宗教対立よりも、ユダヤ人と非ユダヤ人との国内領土の取り合いの内戦と云えると思います。)から、テロ攻撃へと変質していった背景があります。
ですから、宗教戦争の様に報道されていますが、不当に土地を奪われたパレスチナ人と、奪ったユダヤ人とが、イスラエル国内で戦っているですから、その底辺にある土地問題こそが解決出来ない限り、イスラエル支持を打ち出したオバマ政権では、ガザ自治地区の停戦の合意が出来ても、根本的な解決が出来ないと思います。(イスラエルのガザ自治区への武力による攻撃に対して、国連で即時停戦する様に決議されましたが、ライス(前)米国務長官が棄権した為に、停戦をしませんでした。しかし、オバマが新大統領になってすぐに、イスラエル外相とハマス代表とそれぞれ電話会談をして、やっと停戦の合意が出来ました。)

イスラエルのユダヤ人にとって素晴らしい法律:
不在者財産没収法:一度でも自分の居住地を離れた者や、戦火を逃れる為や軍隊の命令で、一時避難した者も、この法律が適用され、勿論、代々長きに渡って住んでいる土地や家屋に対しての権利証がない者は、土地や家屋や財産を没収される法律です。

緊急法:軍司令官の命令により、市民の特定地域での住居を禁止(追放を意味しています。)する事が出来、又、市民の国外追放も可能で、財産没収や帰国禁止の命令出来る法律です。 そしてさらに、閉鎖地域と呼ばれる特定地域を設け、その特定地域への出入りを禁止する法律です。
(この閉鎖地域の境界線は、明らかにされてない為に、市民は、知らずにこの法律を犯す事になります。)
その緊急法に付け加えた、新条項は、安全地域で、ある地域を安全上必要と宣言したら、その地域に住んでいる全市民は、2週間以内に立ち退かなけばならい法律です。
これらの法律によって、いとも簡単に、パレスチナ人を追放する事が出来る訳で、誰が見ても理不尽な法律です。

電気自動車:
日本国内メ-カ-のバッテリ-を搭載した米国電気自動車に人気がある様で、ガソリンスタンドならぬ、街の電気スタンドで充電が出来るし、スタンドで充電済みのバッテリ-と交換も可能で、自宅の車庫での充電も可能な為に、タウン・カ-としての実用性がある車が増えていく事になるでしょうから、開発費の援助や新車の購入時の減税をしたりして、Buy American(アメリカ製品を買おう)政策を打ち出し、新たな保護政策が打ち出される事が予想されますから、外交能力の高い外務省の高官を探し出して、プロジェクト・チ-ムを作って対抗していかないと、日本はさらに経済的に悪化する事になります。
そう言う意味では、ブツシュ前大統領より、何十倍も賢く切れ者である、オバマ新大統領の政権との外交交渉が始まり、経済支援、自衛隊の武力行使、普天間基地など、様々な難航な事案が持ち出される事になり、日本丸は、嵐の中に突っ込み大揺れになる事でしょう。
そして間接的な保護主義をオバマ政権が下せば、日本のカ-・メ-カ-も、日本政府に輸出奨励金の要求し、輸出価格を下げる対策をするでしょうし、欧州のメ-カ-も追従するでしょうし、イタチごっこになる、先の見えない将来になっていくかもしれません。

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2009年1月20日 (火)

昨日の海

1_19th_jan_2009海:昨日は、4月上旬の暖かさになりましたので、久々にママチャリで、海に出かけました。 
隣町の入り江は、夏場には、海水浴客で占領されますが、今は、若い男女のサ-フア-達で、賑わっています。
波乗り出来る海は、とっても大切ですから、彼らは、ゴミなどで海を汚しませんが、波乗りする為に、生きている様にも見えます。
入り江ですから、波も小さく、初心者向きですが、体力もなくエビ反りの様な姿勢も出来ない私には、やっぱり若さは、すごいと圧倒されてしまいます。

2_19th_jan_2009漁港:その隣には、小さな漁港があり、漁船や漁業組合の施設もありますし、今日は、釣り人が少ない様です。 河川の汚れが改善され、工場の廃液の規制されたりして、自然環境がよくなりましたし、19日の日にも、初老の男性が一人で、黙々と漁港の側の砂浜のゴミ拾いをしていましたので、その姿を見て、私も何か始めなければと、気づかされました。
素晴らしい海の色と綺麗な砂浜を維持するには、ゴミの持ち帰りの徹底や儲け主義が経営している工場の暴走の監視と、環境に対する様々な規制を維持し、必要ならさらに強化していかないと、今後も、海の景観や環境を維持出来ません。

3_19th_jan_2009親子岩:地元の穴場といっていい様な、岩と小さな浜辺があります。 
その為に、浜辺には、ゴミで汚れていない砂浜があり、とても気に入っているんですが、その親子岩のネ-ミングは、私が勝手につけので、本当の名前は知りません。(笑)

帰りに、デスカウント・ショップに立ち寄り、紙パックの芋焼酎(島美人)と、大根、白菜、大きいシュ-クリ-ム、かきな、焼きそば(3人前)を買いましたが、それぞれ99円でした。
島美人は、九州地方では、それなり有名な銘柄で、芋好きの人は、大抵称賛しています。
お湯をコップに、半分ほど入れて、それから芋焼酎を加えて呑む、お湯割りを初めて知ったのは、鹿児島の川内(せんだい)市内の小料理屋で、宴会を開いた時でした。
つまみもほとんど、食べなく、お湯割りを飲み続ける、豪快な薩摩人(薩摩の国の国府は川内市の市内)にも、びっくりしました。(笑)
最近、そのお店で、99円セ-ルを始めた様で、沢山の定年移住組や別荘族で、お店は混んでいました。
その島美人の紙パックは、1.8リッタ-で、1680円で、少し高かったですが、安い芋焼酎(芋と醸造アルコ-ルの混合)は、1080円でした。 
鹿児島の川内で、その島美人を随分と呑みましたので、懐かしくなり買ってしまいました。

我が家の河津桜が、蕾を付け出しましたので、伊豆の河津に咲く河津桜の開花時期も早いのではと、想像しますが、1月末より、2月中旬まで沖縄の那覇と石垣島に一人旅しますので、残念ですが河津の桜を見過ごしてしますかもしれません。

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2009年1月10日 (土)

昨日の出来事

9th_jan_2009 梅の花:1月9日に、我が家の庭の梅の木に一輪咲きました。 
この梅の木は、我が家は中古住宅ですので、先住者の農家の人が植えられて、樹齢も数十年も経っていますから幹が太いですが、かなり腐っている部分がありましたので、2年前にかなり大きく枝払いをしました。 梅の実を少し付けますが、まだ養生が必要です。 
私達の代で、植えた数種類ある他の梅の木にも、蕾が大きくなっていますので、もう少しで咲くと思います。

9th_jan_2009_2 住宅用火災警報器:新築は勿論ですが、中古住宅でも、火災警報器が義務づけられましたので、P社の製品を6個買って、そのうちの一つを昨日取り付けました。 リチゥム乾電池は10年程度持つそうですが、この警報器の警報の声は小さく感じますが、消防法令適合品 煙(光電式)2種と書いてあり、法令基準に合格しているメ-カ-品なんです。 泥棒除けの感知器を取り付けていますが、ドア-を揺らすとピッピッとすごい音がしてびっくりしますが、火災の場合も、その位の大きな音が必要と思いました。 

10th_jan_2009 ホッケ:北海道直送のホッケが、隣町の鮮魚店で売っているが、昨日、目に留まりました。そのお店では、北海道産の魚は、毎金曜日のみが特売日で、その買ったホッケは、真ホッケのばら売りで、4枚あった中で、その一枚を選択させてくれるんです。 だから、先に買った人ほど、美味しいホッケを買う事が出来ますし、選択した後から、ビニ-ルパックにするんです。 ビニ-ルの上からでは、魚の微妙な鮮度や色つやなど、判りませんので、その点は、売り子さんは、心得ているんです。
ホッケは、縞ホッケ(しま模様が皮にあるから、しまほっけ)と真ホッケがありますが、両方共に美味しく、漁船が日本選かロシア船の違いがあるものの、ロシア産も北海道産も、ホッケは同じと思いますが、加工方法で、味が異なる事もあるでしょう。
長さが20cm程度以下のホッケは、脂が少ないので安くなり、すり身などに加工品にまわされていたり、生ならば、ぶつ切りにして、みそ汁の具に利用されています。 その為に、ス-パ-で売られている、パックされた小さなホッケは、あまり美味しくありません。
昨日の店頭には、宗八カレイとナメタガレイの干物も一緒に売っていましたが、脂がないので、私向きですが、私、家内、娘とネコ3匹で、一匹の魚の干物を分けて食べますので、大きさからも、1枚450円のホッケの開きに決まりです。

北海道の虎杖浜は、タラコでも、有名ですが、実は、ホッケや宗八カレイや毛ガニや鮭でも有名なんです。 浜に上がったホッケを開いて、寒風にさらしながら、干しますが、地元の製造工場に行って、直接買い求め、宅配便で自宅に送ったり、親しい人にも送ったりした事が、今も懐かしい記憶として、残っています。 地元でも高いキンキの干物も戴いたりと、北海道は、仕事柄、昔は毎月、そして経費節減になり隔月になりましたが、通っていましましたので、グルメ三昧の楽しい出張でもありました。 ですから、一目見れば、魚の美味しさを見抜く事が出来ます。

今朝は、畑の野菜と冷凍新巻鮭とコンニャクとキムチを入れたみそ汁を作り、ソ-メンを茹でて、そのホッケを焼きました。 外では、ネコ達がそわそわしていますし、野良猫も良い匂いをかぎつけてやってきました。 今朝も、美味しく朝食を戴きました。 ホッケの干物は、最高に美味しく、私に、再び北海道を思いださせてくれました。

その北海道ですが、サッチョン(単身赴任の為に、札幌のチョンガ)や出張したサラリ-マンによって、段々と、ホッケの美味しさが、全国的に伝わったと思いますし、道産子の嫁さんを貰って郷里に戻った人達も、多くいると思います。 全国的に食べられている、「みそラ-メン」は、みそ汁も食べたいと思ったサッチョンが札幌のラ-メン屋の店長さんに、頼んで味噌を入れて作ったのが始まりとか言われていますし、人々の交流は、食文化の発展にも寄与している訳です。

秋刀魚の刺身を私が、初めて食したのは、北海道の紋別市のある小料理屋さんでした。 
今から35年も前の事で、当時は、秋刀魚も鯖も、生でなく煮るか焼く料理のみでしたから、その時は、大変驚き、その美味しさも初めて知る事になりました。 今は、流通の速さや、水揚げ港は、魚の取引金額の高い港に入港しますから、生の秋刀魚や鯖が戴ける時代になりました。

せき鯖などのブランド魚は、特別なタックを付けて、偽物と一線を引いています。

鯖は、国産よりはノルエ-産の方が、脂がのって、しめ鯖でも塩焼きでも、より美味しいですし、オランダ産のアジは、あまり美味しくないですが、値段が安く、脂が少ないので年配者向きに適しています。

料理の素材、調味料や料理方法がそれぞれが味に影響する大切な要因ですので、長い年月をかけて、その郷土の食材をどの様に料理し、どの調味料を用いるのが、一番美味しいか、先人の料理人さんや家庭のお母さん達が、研究して来た訳で、東南アジアで利用されているナンプラ-は好きなのですが、家内と娘は好まないので、家庭内で料理に利用しませんが、マレ-シアのクアラルンプ-ル(KL)で買った、瓶詰め入りの唐辛子パウダ-は、好評ですので、度々利用しています。 日本の唐辛子より、かなり辛いので、ほんの少しの量でいいので、経済的でもあります。

日本の醤油は、多くの国々で受け入れられた、国際的な調味料ですが、最近は、フランス人シェフ達も、Umami(うま味)を出す昆布を利用したり、積極的に、インタ-ネットで、日本の地方の小さな藏元から地酒を取り寄せて、フランス料理に出している様ですが、私は、定着しない気がします。 魚の刺身に、ソ-スやトマトケチャップは、あいませんし、やっぱり醤油か塩だと思いますので、食材と調味料は、やはり基本的なル-ルがありますので、試行錯誤して結局は、伝統的なフランス料理方法が一番と判り、又、古い料理方法や伝統的なソ-スを使い、ワインに戻るかと思います。

牛肉ステ-キには、ソ-スか醤油か塩と思いますが、マスタ-ドを付けると、更に味を引き立てて、美味しさを増しますし、ウナギの蒲焼きには、山椒が薬味になりますが、練りワサビをしっかりと塗って戴くと、これが又味を引き立てます。 ワサビと一緒の食べ方は、地元のウナギ屋の女将さんに教わりましたが、旦那さんが2年ほど前に他界して、休業していますが、再開が望まれます。

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2009年1月 8日 (木)

日本の食糧事情一考

日本の食糧事情一考:

日本の食料自給率が39%ですから、海外流通のストップや、小麦粉やトウモロコシの不作、水不足などの要因で、輸入食料品が日本に入らなくなる事も、充分に予測されますから、国内の食料品調達の為に、国内での移動する事は良しとしても、日本は、輸入食料や加工品に頼り過ぎだと思うのです

日本人が思うほど、外国人は、そんなにお人好しではありませんが、その一例ですが、以前、米国の大手タバコメ-カ-のP社が、取り扱ったタバコの葉の農薬の残留度が高く、米国内で販売する事が出来ない事が判明しました。 その為に、汚染された葉を焼却処分せずに、そのまま加工され輸出される事になりましたが、その輸出先は、日本でした。 

これが、多くの米国企業の経営者の金第一主義の本質を示す一例で、そして米国企業の経営を模倣しているのが、多くの日本の企業ですから、その結果として、産地偽装や賞味期限の改ざんなどが発覚したりして、経営陣の交代や倒産したりしています。日本の多くの経営者達は、企業理念を失い、利益追求のみですから、あきれてしまい、本当に情けなくなります。 (60歳代の今の日本の経営者の人達は、祖国愛について熱く語ったり、学生運動にも発展した時代に青春を過ごしてきたはずなのに、一体何をも学んできたのだろうとか疑問に思ってしまいます。)

各家庭単位による自己防衛の為にも、日本国内で家庭菜園は、かつてのロシアの様に(別荘を持っている人達が多いのは、少しでも暖かい土地で、農作物を作るのが目的で、保養目的ではありませんでした。)大切な生活の柱になっていくと、私が推察する理由は、現金や外貨や株券や金(きん)などは、とても不安定要素が高く、食料、水、塩は、何時の時代にも、生活必需品と思うからなのです。

常に各家庭で備蓄を心がける必要があり、地震やインフルエンザなどの伝染病で、自宅療養を強要された場合などの非常事態の為にも、常々備えておくべきと思っています

チェリノブィリの放射能の影響が、北欧に多大なダメ-ジを与えた事は、よく知られていると思いますが、放射能の悪影響がイタリアまで来ていた事は、余り国内では知られていませんでしたが、我が家では、最近になって、イタリア製のスパゲティを買いますが、以前は、我が家では全く買いませんでした。

この様に、海外食料品には、思わぬ落とし穴がありますので、常にアンテナをはって注意するのも、家長の務めと思っています。

そして、虫食い野菜こそが、野菜の安全性の証明なんですね。

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2009年1月 3日 (土)

85回箱根駅伝復路

今年も、シナリオのない、新しい感動するドラマと記録を作った85回箱根駅で我が母校の結果は下位で、残念ながらシード権を得る事が出来ませんでした。

我が母校を含め、どの大学の選手達も全力で同じ目標に向かって進んでいる姿は、多くの人達にも感銘と勇気と元気を貰いましたので感謝しています。

沿道沿いでの往路と復路の観戦と応援は、忘れていた熱い血潮を呼び起こしてくれますが、デッドヒ-トや日大のダニエル選手の20人抜きの様な快挙などは見逃してしまいますから、やはりテレビ観戦も良いですね。

往路順位は以下の通りでした。

 <1>東洋大<2>早大<3>日体大<4>中央学院大<5>山梨学院大<6>国士大<7>明大<8>日大<9>大東大<10>帝京大<11>中大<12>東農大<13>関東学連選抜<14>専大<15>駒大<16>神奈川大<17>拓大<18>順大<19>亜大<20>上武大<21>東海大<22>青学大<23>城西大

横浜駅の東口の散策をしましたが、昔の面影は全くなく、高島屋デパ-トのビル、沢山の飲食店やブテックの店が入った高層ビルや建設中の日産ビルを観たりしていると、復路の駅伝応援者で、沿道や陸橋は、人で溢れていました。  私もその中の一人でしたが、遠くからの応援でした。

その後、又紅葉坂を過ぎて、桜木町まで歩き、帰路は電車にして、ホテルに帰って一休みして、イングリッシュ・パブで、ギネスを飲みました。

来年の箱駅伝に期待を繋ぎたいと思います。

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2009年1月 2日 (金)

85回箱根駅伝往路の観戦

2009年1月2日:85回箱根駅伝往路の観戦:

1_2nd_jan_2009_800全力で走りぬく各選手の想いを一本のによって繋ぐ箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)は、何時も感動を与えてくれます。 私達の毎年恒例になって行事の一つになっているいるんですが、それぞれの大学を応援する人達や、駅伝をこなく愛するファンが、沿道に立ち並び、応援旗を振りながら、各大学の選手達に暖かい激励の声援をかけ、惜しみない拍手を送り続けている間疾風の様に通り過ぎる選手。 そんな現場の臨場感を肌で感じながら、今年も85回を迎えた箱根駅伝の様々なドラマと感動を、今度は、様浜の沿道から友人宅のテレビ中継で駅伝の続きを見る予定です。 

2_2nd_jan_2009_800 沿道脇で応援した2区(東京-箱根、5区間108キロ)の青空の上空には、3機のヘリが生中継の為に、爆音をたてながらホ-バリングをしていますし、先導車、神奈川県警のパトカ-と白バイや中継車の間に、選手達が走り過ぎて行きます

3_2nd_jan_2009_800 我が母校の選手の写真に納める事が残念ながら出来ませんでしたが、20人ものゴボウ抜きをした日大のダニエル選手を撮る事が出来ました。 でも、肖像権の事もありますので、その写真は、ここに添付していませんが、ネットで観られると思います。

低血糖になりスタミナ切れになると、覇権の恐れもありますから、ペ-スの配分を考えつつ、ギリギリの限界で必死に走るからこそ、観戦している人達に感動を与える訳ですが、ホノルル、ニューヨーク、ロンドン・マラソンなどに海外のマラソンに出場している、先輩の弁ですと、やはり沿道の声援で元気が出るそうで、特に若い女性達の声援には、背筋が伸びると言っていましたから。 (笑)  S先輩の応援とロンドン見物に、2007年の4月にロンドンに滞在しましたが、その詳細一人旅日記書いていますから、もしお時間があればお立ち寄り下さい。 

http://gemini-chiba.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_7973.html

横浜2区での観戦も終わりましたので、友人のY宅に移動しますが、あんなに沿道を埋め尽くしていた観客が、引き潮の様に、消えていく光景を見ると多くの地元のファンも多い事がわかりますし、観戦に満足し笑みをたたえながら帰宅していました。 Y宅には、すでに奥様と娘さんによる美味しい手料理がテ-ブルに、狭しと並んでいます。 箱根駅伝を観戦しながら、楽しい宴が始まりました。 海外赴任で一時帰国されたEさん、静岡県からのTさん、近郊からのAさん、kさん、Yさん、Iさん、Sさんらの全員が、同じ母校の出身で同じクラブですから、お互いの顔は、当時の大学生になり、大変楽しく歓談をさせて頂き、美酒と共に沢山のご馳走も戴き、年末のご多忙中の折に、いろいろとご準備をされたYさんご一家に厚くお礼を述べて、散会する事になりました。 

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2009年1月 1日 (木)

謹賀新年 2009年

明けまして、おめでとう御座います。

旧年中は、大変お世話になり、有り難う御座いました。

どうぞ、本年も宜しくお願いします。

お互いにお風邪を引かぬ様にして、地元に来ているサ-ファは、元気が良いですので、今年の不景気の波をご一緒に乗り越えていきたいですね。

1_1st_jan_2009_800 添付写真は、地元の海岸での、元旦のご来光です。

2_1st_jan_2009_800 元旦のご来光は、去年と新しい年の区切りでもあり、又新しい年の始まりで、早く中東に平和がおとずれる様にと、国内のセイフティ・ネットによって様々な境遇の人達を救ってもらえる様にと祈願をしました。

3_1st_jan_2009_800 今朝の海は、凪の為に、若い男女のサ-ファ達が波待ち状態でしたがもうすぐに良い波が来ると思います。 ママチャリで、海岸に着いた時は、まだ暗く誰もいない海でしたが、ホテルの宿泊客達も、海岸に集まってきました。 海岸は、 とっても寒かったので、暖かい自宅の居間に戻り、幸せを感じた次第です。

箱根駅伝の応援の為に、自宅から、電車で横浜へと移動しましたが、先ほどから、横浜のホテルに宿泊して、スタンバイします。

横浜の沿道での応援は、明日の朝なので、ちょっとまだ、スタンバイは早いですね。(笑)

母校の成績が良いかもなんて、予感がしました。

1st_jan_2009_800 良いかもなんて思っていたら、良いカモが、ホテルの前の川で泳いでいました。(笑)

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2008年12月26日 (金)

首切りと大手企業の内部保留及びグロ-バル化と市場経済新本主義への考察

首切りと大手企業の内部保留及びグロ-バル化と市場経済新本主義への考察:2008年12月26日

非正社員の多くが首切りされ、来年は、正社員も安全ではありません。

オランダでは、かなり以前から、ワ-ク・シェアリングをして、週に何日間か休んで、お互いに助け合っています。 

日本の労働組合は、春闘の位置づけを、労働者に働く場所を確保する為に、賃上げでなく、オランダの様にワ-ク・シェアリングに変えるべきと思います。  

そのオランダの一例ですが、KLM(航空会社)では、非正社員にも教育を受けさせ、整備士の資格を取らす制度もあり、非正社員と正社員の差が少なくなりつつあるのが現状です。

又、麻生総理が100年に1度と位置づけているならば、大地震と同じ様に、大災害と位置づけて、仮設住宅の建設や空室の議員会館の貸し出しを即刻に自治体に実施する様に、閣議決定をしてでも、すぐに行動を取るべきと思います。

下記の数字は、日本の派遣社員や正社員達が労働し続けてきた事によって生まれた企業の利益を、大手企業が内部保留として蓄積したものですし、各役員達の報酬も労働者達によって生まれた利益の一部ですが、労働者の常識からすると、相当な年収です。 

企業名/内部留保/現金、定期預金など/役員報酬(平均)

キヤノン/2兆9050億円/8873億円/5004万円

トヨタ/12兆6658億円/2兆5845億円/1億2200万円

日産/2兆8204億円/5039億円/3億5583万円

ホンダ/5兆3629億円/9544億円/6057万円

ソニー/2兆850億円/1兆1761億円/2億8986万円

シャープ/8341億円/3270億円/1億1030万円

東芝/7166億円/2667億円/6087万円

コマツ/7911億円/774億円/1億3571万円

(社名や金額等の掲載デ-タは、2008年12月18日付けの日刊ゲンダイを参照)

「企業は人なり」、と言う格言を今の経営者の多くは、忘れてしまい、拝金主義者に成り下がっています。 本当に、目を覚まして貰いたいです。

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私が、2008年11月24日に、あるブログへ書き込んだ下記のコメントを再修正し再加筆しなおしました。
「日本を変えてしまった根元的原因は、米国からの要求に沿って変革して来た事につきます。

では、米国は、日本に対して、どの様な方法で、米国が要求をしてきたのでしょう。

具体的には、日本の外務省経済局長と米国通商代表とが、日本の要望書と米国の要望書を両国間で、毎年、それぞれを交わして持ち帰ります。

米国の政権は、外務省へ日本政府がとるべき細かい内容が書かれた要望書(年次改革要望書の事で、正式には「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書」(The U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative)を、毎年、提出していますが、その内容は、日本に対して、内政干渉と思われるぐらい、きめの細かい米国の要望が書かれ、そのガイドラインに沿って、長期期間に渡り、日本の与党が、その為に、法律を改正をしてきました。

米国の国益から見た、日本の規制や制度の改善を要求するのが、年次改革要望書で、日米間の貿易不均衡の是正が日米構造協議ですが、その会議の発足前に、中曽根元首相時代に、貿易不均衡の為に、ジャンボ機2機を日本が買って日の丸のマ-クを付けて、政治家の外遊と皇室外交に利用しています。 (米国との貿易で設けたお金は、企業の金庫に入り、税金を使って飛行機2機を買って、貿易の不均衡を是正した訳ですが、輸出産業にも責任があると思いますが、税金で処理されました。)

この間、政界を引退した、野中広務(のなかひろむ)さんは、元衆議院議員で、当時は官房長官もした人ですが、最近のテレビのインタビュ-で、この「年次改革要望書」の存在を知らなかったと言っています。 政界を引退したので、嘘を言ってない様な気がしますが、もしそうならば、官房長官がその内容どころか、その存在すら知らなかったのは、外務省が実質的に外交のリ-ダ-シップをとっていたからと、私は推察するのです。

小泉元首相は、第88代と第89代内閣総理大臣を勤め、在任期間は2001年4月26日から 2006年9月26日まで、その小泉政権が、構造改革の美名の下に、郵政民営化が推進しました。 あの郵政民営化は、国内問題と思われがちですが、EU(EUも同じ様な要望書を提出しています。)の要望でもありましたが、2005年6月7日の衆議院郵政民営化特別委員会で、当時の竹中平蔵郵政民営化担当相は、郵政について日本政府は米国と過去1年間に17回も協議したと答弁しています様に、米国の強い要求に沿って民営化する為に、米国と何度も何度も協議した訳で、ライオンのたてがみを振り乱しながらの小泉元首相と竹中さんが、その推進役として働きましたので、その小泉さんは、当然ブツシュさんの大歓迎を受ける事になりました。(悪のりをした小泉さんが、トンボめがねをかけて、プレスリ-の唄と思いましたが、口ずさみ、ご機嫌なシ-ンと、それを見ていたブッシュさんの呆れたような顔がテレビで放映された事を覚えている方もいると思います。) 

多くの国民が巨額を貯金していた郵政事業を民営化させて、その預貯金を主に米国に投資させるのが要求でしたから、国民の怒りに火が点かない様に、小泉政権は、事前に、マスコミ対策や反対する評論家のテレビ出演の停止させるなどをして、用意周到な準備をしていました。

米国のシンクタンクは、日本経済の強さは、年功序列と終身雇用にあると分析し、日本の政治家によって、1999年に労働者派遣法(1986年施行)が改正され、日雇い派遣が原則解禁となり、さらにその後に、小泉政権時の2004年に、製造業への派遣が解禁されて、改悪されてしまいました。

これが今のワ-キング・プァの人達やネットカフェ難民を生み出した、最初の原因なんです。 

米国のその要望書で、特に印象に残ったのは、ポテトチップスの項目でした。

その要求書の内容の一部には、日本のポテトチップスの消費者の利益の為に、生のジャガイモを輸入する事をあげています。 

泥が付いた作物は、日本に輸入禁止のはずですが、農水省はあっさりと許可を出して、米国から輸入されたジャガイモが、広島の最大手の工場でポテトチップスに加工されて、日本人の消費者、特に子供達に食べられていますが、船便と思いますので、船内で農薬ガスが使われている様な気がします。 

年次改革要望書などのガイドラインに基づき、大豆も小麦も自由化し、肉の関税引き下げなどの政策を実行してきた日本の与党の政策の結果が、今の時代に反映しています。

日本は、米国の傀儡政権(かいらいせいけん)国家として、海外に写ってしまいますし、日本国民の意識の低さが、今の政治家を結果として生んでいますので、国民の意識改革が、最大のカギです。

その米国の姿とは、どんなものなのでしょうか。

例えば、米国の自動車メ-カ-のGM、フォ-ドやクライスラ-に対して、繋ぎ資金によって、延命出来ても、燃費が良く性能がよい日本車を排除しなけば、アメ車は米国内では売れませんから、輸入車の輸入税を高くして、米国のカ-・メ-カ-を保護する政策を、残念ながらオバマ政権がとると思われますし、すでに、ロシアでは、保護主義の動きをしてしますから、日本の中古車販売の社員が、ロシアの保護政策に憤慨していました。

多くの先進国と言われる国々が、金融も産業も、ほとんど規制をしないで、拝金主義者や個人主義者によって、自由に市場経済を運営させた米国の政策を模倣して、グロ-バル化の推進と規制緩和を安易に拡大させた結果が、世界中に貧富の差を拡大し、拝金主義を増殖させただけで、欧米をお手本にしてきた諸外国も、日本と同様に危機に直面していますから、グロ-バル化と市場経済新本主義は、完全に失敗したと結論づけていいと私は思います。

自由に解放していくグロ-バル化に対して、自国の利益を守ろうとする保護主義に変貌している流れこそが、失敗した政策だった事を証明している訳で、国際政治の舞台では、建前上は、多数の国々が保護主義の反対の立場を貫いていますが、世界の流れは、現実には国内メ-カ-を助ける保護主義に、じわじわと動いています。

世界工場としての中国でも、工場閉鎖が始まっていますし、暴動に発展して行くと思われます。

従って、私は、今が始まりで、来年は、日本の正社員の首切りや工場閉鎖の増加に繋がって行くと思います。

今、それなりの生活をされている家庭も、その様な事態に備えて準備をしておく必要があります。

供給と需要の関係で、需要が減りますから、ガソリンも安くなるでしょうが、現金収入の不安定要素はすぐには消滅しませんから、やはり節約が対策の一つと思われます。

この様な危機が再び直面しない様にするには、日本も諸外国もブータンの人達の様な優れた価値観を素直に学ぶべきと思います。

ブ-タンは「国民総幸福量」の概念を提唱し、金銭的及び物質的な豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさの幸福を目指すべきだとする考えで、生活を目指しています。 」

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国民の意識改革が、芽生え始めた一例として、市長のリコ-ル運動が始まった事です。

市立病院の存続を公約して当選した千葉県の銚子市長が、その病院を閉鎖してしまい、それに怒った市民は、リコ-ル(地方自治法で定められた直接請求制度の一つで、法的には首長や議員、役員の「解職請求」と「議会の解散請求」の二つを指してリコールと言う。)運動を始めて、充分な署名が集まりましたので、市長の再選出になっていくと思います。

話は、それますが、医者の誤診や不適切な処置や手術を裁判で、裁かれたりしていますが、裁判官の弾劾裁判は滅多にありません。(最近の例では、女性職員のストーカー行為の罪で、有罪が確定した判事に対して12月24日に、罷免の判決が出ました。)

又、特に最高裁の判決は変だと思う事も多々ありますし、殺人事件について、日本に時効があるのも、おかしな事と思います。

判決を不服として控訴するのみだけでなく、不当判決を出した裁判長の弾劾裁判もこれからは必要な事と思いますし、その判決を出した裁判官に、慰謝料など請求する裁判も必要と思います。

警察官、検察官、弁護士、医師、そして教師なども含めて、もう聖職は、なくなってしまい、どの職場でも、一部の人達が悪事を働く様になりましたし、不当判決を出した裁判官や事件関係者の刑事を個人名で訴える事も必要な時代になったと思います。

この様なリコ-ル運動が広がって行く事が、地道ですが、社会の不正を正し、公費の無駄をなくしてゆく方法と思います。

又、社会保険庁の不祥事も、告発して、刑事事件として扱っていかなければ、不祥事を減らす事は出来ない時代なのです。

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2008年10月25日 (土)

一人旅 in 博多 (6)

1_25th_june_2008_800 博多地区冷泉町にある浄土宗「冷泉山龍宮寺」の山門(それぞれの寺院は、本来山に建てられ、山号を付けて呼んだ名が残った為に、平地でも山門と云われ、寺院の正面の門は、空門・無相門・無願門の三境の地を経て仏国土に至る門なので、三門とも云われています。又、左右に脇門が建てられ大門の形となり、その後に、大門のみとなり、そのまま、三門の呼び方が残ったとも云われています。)です。 三寳大荒神(さんぽうだいこうじん)の石碑が建っていますが、三宝荒神(さんぽうこうじん)とは、仏僧の三宝を守る神、或いは、地(土)、水、火を司る神とも云われていますが、三寳大荒神とはどの様な意味なのが、判りかねますので、宿題にする事にします。 山門前で写真を撮っていると、どうぞお入りなさいと、観光案内ボランティアの人が声をかけてくれましたので、拝観させて頂く事にしました。

1_25th_jne_2008_800 山門を入るとすぐ左手には、小さな神社があり、三寳大荒神(さんぽうだいこうじん)の神額が見えます

25th_oct_2008_800 境内には観音堂があり、霊場本尊が安置されています。 博多には7つの観音様が、それぞれの寺院、龍宮寺、大乗寺、妙楽時、聖福時、東長寺、観音寺、乳峯寺にそれぞれ祭られて、参杯者も多いと云われています。

25th_june_2008_800_2 鎌倉時代の1222年(貞応元年)に、人魚が博多の海で網にかかったので、「人魚が龍宮から来た」と言い伝えられ、その人魚の絵が描かれた掛け軸が本堂内に展示されていました。

5th_oct_2008_800 更に、その証拠として、人魚の骨がその掛け軸の下に置いてあり、今でも大切にされているので、写真を撮らせて貰いました。 その人魚伝説から、寺号を浮御堂から浄土宗「冷泉山龍宮寺」と改名した様です

谷阿上人が開山したと云われる龍宮寺のご本尊は、慈覚大師作と云われる聖観音(しょうかんのん)が安置されています。

25th_june_2008_800_3 移動した墓石と共に、人魚塚もありましたが、人魚伝説が残ってるお寺も、デンマークの首都、コヘンハ-ゲンの人魚姫の銅像(バレイの人魚姫が製作動機です。)も、それぞれがロマンがある伝説と思いました。

1_25th_oct_2008_800 一旦ホテルに戻り、アイリッシュ・パブ、「ハ-フ・ペニ-博多口店」さんに再度訪れました。 早速、ギネス・ビ-ルとシングル・モルト・ウィスキ-、グレンフィデックをダブルで注文しました。

25th_oct_2008_800_2 野菜不足にならない様にと、大根と人参の野菜スティックを頼みました。

25th_oct_2008_800_3 そして腹にたまる、ソ-セ-ジの盛り合わせを戴きホテルに戻りました。 大阪と九州の一人旅が2008年10月9日から始まり、明日(2008年10月26日)は、帰宅の日なので、今晩は早めにゆっくりと休む事にしました。

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2008年10月12日 (日)

一人旅 in 神戸

12th_oct_2008 遅い朝食をとる為に、新梅田商店街の電車のガ-ド下の定食屋さんに入り、蕗、ほうれん草のおしたしと釜揚げしらす、鯨のベ-コンと、それに焼酎の水割りを飲んで食べました。 最近、それぞれ別の飲食店で、ベ-コンを3回ほど口にする機会がありました。一頭に尻尾は一つですし、その尻尾がベ-コンですから、そんなに沢山市場に出回っているんでしょうかしらねと思いながら、入荷の詳細は不明ですが、ベ-コンが美味しかったです!

、さらに大阪の串カツ店にはしごして、牛肉、エビ、鶏肉、ピ-マンの揚げ物と焼酎を戴きました。 このまま物価の上昇が続けば、近い将来、国内外の旅行にも何らかの規制がかかるかもしれませんので、出来るだけ、いい思い出作りをしようと、それに、喰い意地が張ってしまい、どうしても盛り沢山に成がちです。

お腹も心もパンパンに満たされて、JR神戸線に乗り、神戸まで行きました。

10月12日は、日曜日ですので、子供連れの家族やいろいろのグル-プの人達が神戸に遊びに来ていました。 神戸駅前は、再開発され、大ショッピング・センタ-になって、様々なレストランとブティク店が開店していました。 神戸ポ-ト・タワ-もお色直しをして、鮮やかな明るい赤色に鉄格子が塗装され、神戸駅前を少し歩くと、鉄塔の頭部が見えてきましたので、そちらの方向に歩き出しました。  すると、マレ-シアのペナン島にあった灯台を思わせる様な、それに比べると随分と小さな灯台が見えてました。

12th_oct_2008_2 さらに進むと、神戸港湾内を周遊する観光船の案内人さんに、声をかけられ、一周40分ほどで、一人千円でしたので、乗船券を買い求めて、10分ほど待つと、白とオレンジ色のツ-トン・カラ-の船体で、帆船をイメ-ジした観光船がゆっくりと接岸し、岸壁で待っていた乗船者を乗せてすぐに出航しますが、接岸した、その観光船の左手には小さくポ-ト・タワ-が見えます。

12th_oct_2008_3 観光船が出航してまもなく、川崎重工のドックで、海上自衛隊に納入される潜水艦が建設中で、艦の上部が見えて来ました。観光船内のアナウンスによると、一隻の潜水艦の建造費は、500億円程度で、皆さんの税金が使用されていますとの説明で、乗船した人達の間から、笑い声と、どよめきが起こりましたが、毎年1隻ずつ交互に、この神戸港にある川崎重工と三菱重工で建造されている様です。

中国の2008年度予算案の国防費が、前年比17・6%増の約6兆600億円に対して、日本の財務省が作成した20008年度の防衛費は、前年度比0・5%減の4兆7793億円との事ですが、あの広大な中国国土を軍事力で防衛するには、限度があると思いますし、中国のバブルが崩壊すれば、経済的な大混乱になる様な気がしますし、国土の狭い日本の防衛の為に、防衛庁から防衛省に格上げした事に対しての検証も必要です。 天然痘患者を航空機に乗せたり、新開発された伝染病のばらまきや、オウム真理教のサリン事件の様なバイオ攻撃は即効性があり、巨大な軍事費を費やしている米国でさえも防げない時代に、ハ-ドウェアも含めて、毎年4兆円以上の巨額な税金を国防費に使用している国策とは何なのか理解しがたいです。  寧ろ、経済力こそが、国の戦力で、その経済力を誇る日本を軍事力で攻めて、世界恐慌を起こせば、攻撃した国にも不利益になります。  すでに、世界中が経済的にリンクしていますので、軍事力は、もう時代遅れになりつつあるのです。 お隣の三菱重工のドックでは、日本郵船が発注した自動車用運搬船を造船中で、それに、修理中と思われる潜水艦の一部が見えましたが、特にその様な事は、軍事機密でもないので、観光船から観察する事が出来ました。観光船のスピ-カ-からは、その自動車用運搬船は、乗用車を6400台も運ぶ能力があるそうです。 日本のカ-・メ-カ-は、過去に自動車による輸出摩擦を米国と起こした為に、自動車メ-カ-と共に部品メ-カ-も現地生産に踏み切った経緯がありますし、東南アジアや中国でも自動車の製造には、国力を上げて応援していますので、今後の日本が、そんな量の車の輸出が出来るのか疑問がわきました。 つまり、まだ運搬船が必要な時代は、とっくに過ぎたと思うんです。 船上から2006年に開港した神戸空港が見えてきましたが、空港の横には、海上を埋めて出来た街には、3大学が建ち並び、2万人程度の人々が生活しているとの説明でしたが、その街を経由しながら、本土と結ぶモノレ-ルが埋め立ての街(1981年に完成した世界初の人工島で、ポ-トアイランドと呼ばれています。)を経由して空港に接続しています。 丁度、日航機が着陸してきましたが、その到着シ-ンを遠方から眺める事が出来ました。

神戸から、大阪に戻る帰りに、JR尼崎駅に途中下車をしましたが、高層マンションが駅前に立ち並び、更に建設中の高層マンションと思われるビルが建設中で、鉄骨構造がむき出しになっています。

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2008年10月11日 (土)

一人旅 in 大阪 (6)

大阪のJR駅構内のある、高級回転寿司店さんに、夕食を食べる為に立ち寄りましたが、勿論、美味しい魚を期待して、入店しました。  何処の回転寿司店さんなのか、皿の色から判りますので、あえて写真を載せませんが、回っている握りの魚の表面は、乾いて、あまり手が伸びていませんでした。  ホタテの貝柱と数の子は美味でしたが、私も、わざわざ、職人さんに、鰹とマグロを握って貰ったのに、残念ながら、私を満足させる、鰹やマグロはありませんでした。 

11th_oct_2009 仕方なく、私は、食べ直しに、牛丼店、「吉野家」さんに寄って、真っ赤な紅生姜をたっぷり載せて、並の牛丼(今は80円安く300円)を美味しく戴きました。(笑)    何処の店でも、仕入れている食材の値が上がっていますので、最近、ラ-メンも値上がりして、具の量と品数を減らし、トッピングと称し、オプションになりりつつありますが、真っ赤な紅生姜を今後も無料サ-ビスで続けてもらうと嬉しいですね。 (笑)

今回は、駅前の回転寿司店さんでしたので、安易に入店して、失敗しましたが、それで、学習をしましたので、一皿105円の回転寿司でも行列が出来るお店は、確かに美味しいですからお客さんの入り具合を確かめてから、回転寿司店さんに入る様にします。(笑)

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2008年10月10日 (金)

一人旅 in 大阪 (5)

10th_oct_2008 夕食は、芋焼酎の黒霧島の水割り、新鮮で生きの良い本マグロの赤身と味がしみこんだガンモで始まりました。 私の少し左側には、若いOL嬢らしき女性が、赤い色のカクテルを飲み、すぐ右側には、会社帰りの同僚達がビ-ルを飲んでいます。 でも、この店、「大安」にはイスがありません。 勿論、カウンタ-内の従業員さんも、お客さんにもイスがありません。 そうなんです。 このお店は、立ち飲みのお店なんですが、まるで掃き溜めに鶴の様に、場違いな若い女性が、荷物を足の下に置いて、美味しそうに立ち飲みをしています。 実はこのお店は、前回の一人旅でも、立ち寄ったお店で、安くて上手い物を食べさせてくれるんですが、じろじろと観察するのは、失礼なので、一瞥した後は、見ない様にして、飲んで食べていたら、彼女は満足されて、お店を出ました。 そうこうするうちに、頼んでいた、新鮮な鰯の塩焼きが出来上がり、とっても美味しかったですし、頭がとってある身の厚いアジの半身を刺身にして貰いこれも美味でした。

10th_oct_2008_2 本マグロ(正式名は黒マグロ)の赤身は、インドマグロ(正式名は南マグロ)より少し濃い赤い色で、身が少しねっとりしていますから、身の色がピンク色の薄さなので、多分本メジ(本マグロの子供)か、びんちょうマグロ(正式名は、ビンナガマグロで、鬢、ビンすなわち、むなびれが長いので、ビンナガマグロが、ビンチョウとかトンボとかいわれる所以で、脂がのっているのをビントロと呼びます。)と思われますが、その立ち飲み店の値段表には、本マグロと書かれていましたが、確かに、刺身の切り身は、本マグロでしたが、握りは、本メジと思われますが、マグロの名前はどうであれ、ネタの味には、私の舌も意義がない様でした。マグロと地タコとヒラマサの、にぎり寿司(一皿300円)も美味しく戴き、更にヒラマサはもう一皿追加してから、私もお店を後にしました。  

クエのにぎり寿司とクエ鍋のお勧め料理して並んでいましたが、クエは丁度、売れ切れとの事で、ヒラマサがお勧めでしたが、特に美味しかったです。 食品偽造で、そのクエ(九絵)も問題になり、クエない話です。 高級魚であるクエの値段で、仕入れの安い「アブラボウズ」を切り身として売りさばいていた中間業者がいました。 切り身になるとその白身と味から違いが判りにくいとも言われていますし、私も、クエ鍋を2回ほどしか食べた事がなく、本当のクエだったのか、アブホウズだつたのか、わかりません。 クエの姿や形は、ヨダレを垂らしそうになりながら、水族館でよく観察するので、よく知っていますので、ある店の水槽には、確かにクエが泳いでいました。 でも備長炭のお店の看板を出していても、大抵中国製の木炭が多いと同様に、本当に水槽のクエかどうかは、判りません。

マグロ、特に本マグロ(黒マグロ)に関しては、高級車が一台位買えるお金を、お寿司屋さんにつぎ込みましたので、舌が鍛錬されました。 学習費は、自分の小遣いと会社持ちの接待費でしたので、飲み過ぎで一時、十二指腸潰瘍でなり、飲み薬で完治しました、過去の苦い経験があります。

10th_oct_2008_3 ホテルに帰る途中で、ショット・バ-に立ち寄り、シングルモルト ウイスキ-のグレンフィデックのシングルを頼みチェイサ-は水にしました。 店内は少々薄暗く淡い照明で店内を飾っていますが、ママに値段をズバリ聞きました。 グレンフィデックのシングルは800円で、それにカバ-チャ-ジが300円との事でしたが、若者達ばかりが集っているので、場違いな店に入ったと感じて、2杯飲んで引き上げる事にしました。 明日は、何処に出かけるか、多分、姫路まで行き、姫路城の拝観に出かけるかもしれませんが、明日は明日の風が吹くで、変更もありえます。

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一人旅 in 大阪 (4)

再び大好きな、大阪城天守閣を拝観したく、再訪しました。 JR大阪環状線に乗り、大阪城公園駅で下車しますが、Suicaのカ-ドも利用出来て、とても便利です。

10th_oct_2008 今回も、同じ場所で記念撮影しましたが、今日は晴天になり、かなり気温が高くなっています。(小豆色の長袖シャツが後で汗で濡れて始めました。)

遠足で某小学校の低学年の児童達の賑やかな列に出会ったり、中国語や朝鮮語もあちこちで飛び交う団体さん達、県外や地元の人達と、それはそれは、まるで初詣の様な混み具合でしたし、気温もぐんぐんと上がり、抹茶入りソフトクリ-ムを並んで買い求めました。

10th_oct_2008_2 大阪城天守閣です。 お堀の水も、夏場に気温が高い日が続いた為と思われますが、青粉(あおこ)が大量発生していましたので、お堀の魚には、酸欠状態だと思います。 大負債を抱えた大阪が税金で清掃すると思えないので、大阪人の有志さん達が手をさしのべてくれるのを祈るばかりです。 私も気持ち程度を寄付したいと思いました。

まだまだ秋の気配を城内の木々の葉から感ずる事が出来ないと思っていましたら、もう紅葉した葉がありました。 

10th_oct_2008_3 お堀端に植えられた、ハナミミズキです。

城内にある、銀杏並木を通って歩いていますが、今、銀杏が沢山付いています。

大阪の梅田に戻り、御堂筋近くの陸橋(阪急ビルに繋がっています)の上で、ホ-ムレスの人たちの仕事をつくり、自立の支援する機関誌、 THE BIG ISSUE JAPAN(ザ ビッグ イツシュ-日本版)を右手に掲げて売っている男性から、一冊買いました。 300円ですが、160円がその販売者の収入になり、沢山の大阪人の支援あると推察されます。 ザ ビッグ イツシュ-日本版の記事の内容は、しっかりした物が多く、充分に楽しめますし、自分の考え方に影響を及ぼす様な記事にも、出会ったりしますので、300円では、安いかなと思います。 今回の104号の記事には、「レオン」や「スタ- ウォ-ズ」に出演した、現在27歳のナタリ- ポ-トマンの取材記事が載っていました。 彼女は、エルサレムでイスラエル人医師の父とアメリカ人の母の間に生を受け、ニュ-ヨ-ク州のロングアイランドで育ち、学生時代には、彼女の本名が伏せられ、芸名は、母方の祖母の旧姓を使い、反貧困団体、FUNCA(国際地域社会援助教会)の活動にも積極的に参加等々の事が記事で紹介されていました。

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一人旅 in 大阪 (3)

10th_oct_2008 朝食なしのホテルで、大阪では私の定宿なっています。 大阪には、朝早くから沢山のお店が開いていますので、朝食を外でするのも、楽しいですし、何の時間の制約もなく、何の約束もなく、気ままに過ごせる事の贅沢さを味わっていますが、10時を過ぎているので、お腹も空きましたし、もうホテルの部屋の掃除が始まっていますので、食事に出かけます。 今回も、曾根崎にある、牛丼店、吉○○さんの戸を開けましたが、店内が改装され、二人席やグル-プで座る事が出来る長イス席も新設して、ニワトリの飼育場の様な長テ-ブル席を減らしていました。 今回、牛丼が80円引きの様でしたが、今日も、豚鮭定食(490円)を頼み、赤い紅生姜をたっぷりと豚肉と、丼に載せました。 豚肉と脂っこい鮭を赤い紅生姜でさっぱりさせて、漬け物と白米ご飯は最高で、とっても美味しかったです。

10th_oct_2008_2 人形浄瑠璃作者の近松門左衛門作の「曽根坂心中」が、江戸時代に人気を博し、そのゆかりの地が曾根崎ですが、その神社の境内には、恋に殉じた二人を哀れんだ地元の有志寄付で、石碑を建て「お初」と「徳兵衛」の銅像が建てられています。 

10th_oct_2008_3 その露天神社(つゆてんじんじゃ)は、お初天神と称されていますが、前回拝観した時には、無かったと思いますが、柱に張り紙がしてありました。

第二次世界大戦では、日本国中の多くの地が空中攻撃に遭っていますが、グラマン戦闘機の機関銃の弾痕が生々しく残っています。 今の時代の若者だけでなく、年配者も想像力が欠如した人達が増えていますから、その弾痕から、突然、バリバリっと、空中に機銃掃射の音が鳴り響き、全ての物が破壊され、多くの非戦闘員である、子女までが無差別に殺戮される戦争を想像するのは、難しいかもしれませんし、戦争の悲惨さも、想像する事が難しいので、戦争反対にも無関心になりがちですが、この地で、沢山の大阪人も、家族や親族の方が無くなったと思います。 朝鮮戦争も、ベトナム戦争にも、日本国は、間接的に加担してきましたが、そしてイラク戦争にも加担し続けていましたし、海上自衛隊がインド洋で無償の燃料を供給し続けるの事については、賛否両論があります。 沢山の消耗品を必要とした米軍に、物資を供給した日本のメ-カ-が潤った為に、朝鮮特需と言われましたし、ベトナム戦争で使用された戦艦や潜水艦の修理と戦闘員の米兵の休息の為に、神奈川県の横須賀に寄港していました。 その横須賀米軍基地の前には、ドブ板通りと呼ばれた米兵相手の店がひしめく様に立ち並んでいましたが、私が子供の頃に、その通りを抜けて、デパ-ト売り場に遊び行ったりしましたが、子供心に、あぁ、まだ日本は本当の意味で独立はしていないと感じていました。 そんな環境の横須賀で、小泉前総理も育ちましたが、彼の生家、私が小学校時代に通ったそろばん塾の近くにあったと思います。 彼は、とってもアメリカびいきに育った様ですが、私とはかなり違っていました。 

ベトナム戦争で、艦載機が北爆(枯れ葉剤や爆弾による北ベトナムの空中攻撃)を続けた通常型航空母艦、キティホークからジョ-ジ ワシントンが、新たに母港しての横須賀米海軍基地に停泊した訳です。米海軍が誇る、多量の武器と戦闘機とウェスティングハウス社製の二基の原子炉を積んでいる、原子力航空母艦、ジョ-ジ ワシントンが、アメリカでなく、日本の横須賀を母港として、配備されましたから、横須賀は、ジョ-ジ ワシントンが来航して、新たな局面を迎えました。

米国が探索し続けている、あのリ-ダ-からは、日本も、名指しされていますので、危険度は上がっていますが、米国の高層ビルに民間機が突入した、あの悲惨な出来事は、想像力を働かせれば、他人事でない事を気づくはずなんですが。。。。

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2008年10月 9日 (木)

一人旅 in 大阪 (1)

自分がしたい事を出来る事に感謝しつつ、一人旅をする事は、一期一会の出会いがあり、再会があり、いろいろな出来事に遭遇し、喜びと不安が入り交じる旅で、スランプ化した毎日の自宅での定年生活に、刺激を与える事でもあります。

変人として己自身を意識し出した中学時代の時に、集団行動が大嫌いで、一度、修学旅行を欠席したく担任教師にその事を申し入れ、受理されましたが、修学旅行も、授業の一部と言われ、図書館で自習になり私の様にわがままで修学旅行を拒否したのでなく、経済的な諸事情の為に、数人がすでに、図書館に自習していました。 修学旅行の為に、毎月の積み立て貯金がありましたが、修学旅行は、バスも旅館も団体予約ですから、当然、返金はありませんでした。 父親が苦労をして稼いだお金を頂き、そのお陰で毎月積み立てをしましたから、己のわがままで、その積立貯金が無駄金になると思い、そんな事を経験してから、仕方なく次からの修学旅行に行きましたが、何処へ行ったか、不思議な事に全く記憶にありません。

大学時代は、自転車で友達2人と伊豆半島を一週しましたが、パンクを直したり、夜中に見ず知らずの家に夕飯を戴き泊めて貰ったりと、テレビで放映している、有名人の「田舎に泊まろう」みたいで、特に、昔は、学生達には、多くの人々の心が暖かでした。 その後にも、同じ友達と、各駅電車で、四国を一緒に旅をし、当時は、四国の売り込みキャンペ-ン中で、キャッチコピ-は「青い国」でした。 れらの楽しかった旅の記憶が今でも残っています。

企業戦士時代は、欧州、北米、アジアと各工場と飛び歩き、週末にはその地の旧所名跡を案内して貰ったのですが、その記憶も一部しか今は思い出せません。(当時の日記や写真で多分思い出すとは思いますが。)  定年生活も2年目に入り、時の過ぎるのが何と早いと感じながら、体力と筋力と金力、全てが右肩下がりですので、今を楽しんでいます。

そんな訳で、再び、大阪と九州の一人旅が200810日から始まりました。 

先々週から、何処を旅をするか、交通手段はどうするかとか、何処のホテルに滞在して、どの街にショ-ト・スティをするのかなど、すでに旅は始まっていましたが、やっとその出発の当日がやって来ました。 前日は、午後11時より連続放映されているヒット作品の「プリズン・ブレイク」を見ないで、早く床に付き、一人旅が嬉しくて、今朝は4時に起きてしまいました。 朝の7時の通勤快速に乗りましたが、始発駅ですので、電車の繋ぎ部の側の席に座り、ス-ツケ-スは、棚にあけで、バックは足の下にしっかり押し込めて、じゃまにならない様しました。 電車が東京駅に到着して当駅構内で、昼食用として、梅干し入りのおにぎりを二つ買い、これから乗車するバスの隣席の人にも、麦焼酎とおつまみを差し上げ、楽しい一時を一緒に車内で過ごそうと思ったので、バックには、麦焼酎のカップ(220ml、25度)を4本、シングルモルトの小瓶とつまみが入っています。

今回は、東京から大阪まで、昼間高速バスで移動し、大阪から小倉へ夜行高速バスで移動し、小倉から別府と、別府から湯布院と、湯布院から宮崎へは、電車で移動し、宮崎から博多まで、昼間高速バスで移動し、博多から新幹線で帰宅する、長旅が始まりました。

9th_oct_2008 東京駅丸の内側の再開発を意識するかの様に、八重洲口側も再開発され、最大手のデパ-ト、大丸の高層ビルが、八重洲北口にそびえ立っています。 やはり花の都、東京です。

東京駅八重洲中央口を出て、正面の道路の向こう側のビル前に待ち合わせです。 集合時間の20分に到着しましたが、やっぱり遅れてくる人がいましたね。 

1_9th_oct_2008 10分ぼど遅れましたが、全員集合になりましたので、新宿駅から出発していた、4列の席ですが、フット・レストも付き、トイレもあるデラックスバスに移動しました。 気になる乗車料金ですが、東京と大阪・梅田の片道運賃で、4500円を私の場合は、地元の郵便局で支払い済みでした。 ス-ツケ-スをバスの側面にある保管場所に置いて貰う為に、運転手さんに、大阪行きと声をかけて、手渡しをして乗り込みました。 指定席の番号が告げられなかったので、適当に座ったら、その席に、お客さんが来ましたので、運転手さんに聞いて、私の席を尋ねると、後方の7の窓側で、隣席は空席でした。 若い男女、年配の女性達、年配の男性達、70歳前後の背広を着た男性の十数人の乗車者でしたので、空席がずいぶんありました。 早速、運転手さんのご挨拶と注意事項がスピ-カ-から流れて飲食は許可されましたが、何と禁煙、禁酒のお願いもありました。 焼酎を飲みながら、ウォ-クマンから、演歌と沖縄ソングを聴きながら、車窓を眺める一人旅は、私にとって楽しい一時なんですが、その為に酒類を持ち込んで乗った私は、かなりがっかりしました。

2_9th_oct_2008 約1時間半ほど走行して、最初の休息所は、神奈川県の海老名サ-ビス・エリアでしたので、キラキラ号のバスの全体写真を撮らせて貰いました。

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2008年9月23日 (火)

美濃焼き陶器

23rd_sep_2008 岐阜県土岐市、多治見市、瑞浪市と可児市で生産されている美濃焼(みのやき)の陶器:隣町の大型ス-パ-では、秋に向けて鍋ものセットが置いてありましたので、先日、何気なく見たのが、美濃焼の中皿でした。 青色の濃淡を使った絵に惹かれて、3皿買ってしまいましたが、一枚400円弱でしたから、いい買い物でした。

時たま、いい器に巡り会う事もあるので、少しずつ、気に入った陶器を揃えていくのも楽しみです。 私は、和食器が好きですので、買ったりしますが、イギリスやデンマ-クなどの洋食器も綺麗ですので、有名デパ-トの食器売り場に立ち寄ったりもします。

食器として、料理に使ってこそ、その陶磁器が生きると思いますので、自宅で食事しながら、この皿は、長崎で買ったとか、湯河原だったとか、そんな会話を楽しみながらの食事も出来ますから、我が家でも、常時利用しています。 佐賀県の伊万里で買った、有田・伊万里焼の磁器は、一人旅でしたので、話は一方通行になり、家内が聞き役になります。(笑)

岡山の備前焼も有名ですが、その魅力でもある茶褐色を楽しむまで、まだ到達していませんので、有田・伊万里焼きや美濃焼など、あまりくどくない色彩と簡単な絵柄が書かれた小皿や中皿に、今、凝っています。

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2008年9月12日 (金)

取り残されたカモ 2

9月11日は、生憎、一日中雨で、カモ農業の水田は、自転車で30分弱の距離にありますので、真夏日の様に暑くなった12日の本日、買い物ついでに、水田を見てきました。

1_12th_sep_2008 水田の稲は刈り取られており、何処にも、あの取り残されたカモはいませんでしたので、きっと、農家の飼い主さんに保護されたと思われますので、安堵しました。 次の世代のカモの為に、きっと何羽かは残されると思いますが、多くは鴨肉として、専門業者に売られると思うと、人は本当に殺生をしながら、「生」(せい)を維持している事を痛感し、身につまされます。 左の写真は、刈り取り後の田んぼです。

12th_sep_2008 田んぼの縁には、野生のニラに花が咲き、その花に蝶々がとまり、その下には、クモの巣を張ったクモがいますし、写真の上の方に小蜂も飛んでいます。 農薬を使用していないので、小昆虫がクモの餌になっている事が判ります。

物価高騰になり、更にお米の価値が見直されていますが、お米だけが自給出来るので、減反政策を撤廃し、ODAで。その余剰米を海外に供給するのが、最も良い農業政策ですし、海外協力になります。

今、汚染米で、日本国内では、毎日、大騒ぎになっています。

酒造メ-カ-、菓子メ-カ-などが、汚染米(農水省では事故米と呼んでいますが、おかしな名前です。)で作られた商品の回収と、お詫びの記者会見に追われています。

記者会見をテレビで見ていると、知らないで汚染米を提供された為に、自分達も被害者だと強調し、回収している商品以外は安全ですと説明する事も決して忘れません。 食品を製造するメ-カ-が、原材料の検査を、自前(又は、自ら専門機関で検査依頼をする事も含めて)で行っていない事も不思議ですが、汚染米の様な原材料を購入した時から、メ-カ-も、被害者でもありますが、同時に加害者になっている事を完全に欠落しています。

汚染米を非食品用として保存している農水省から買い付けた販売業者は、それを食品として汚染米を売るには、当然、甘い言葉や低価格など、汚染米を買いたい様な内容が、あったはずですので、企業倫理が欠落し、営利追求のみで、それを買い付けた事がすでに加害者だと思うのです。

無差別に人体に危害を加える犯罪と同類ですから、農水省の役人さい達も汚染米の販売業者もメ-カ-も、それぞれの責任の範囲で、刑事罰として処罰していくべきで、そうしないと再発防止にはなりません。

お米とカモの話で、話がそれてしまいましたが、私は、そう思うのです。

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2008年9月 6日 (土)

朝採りニラ

東北の一人旅を終えて、2008年8月30日に、帰宅しましたので、自宅でブラブラしながら旅の疲れを癒しました。 庭先の雑草と芝生に混じりながら、逞しく成長してる、ニラをナイフで、今朝、切り取りました。 引っ越しをした時に、庭の彼方此方に、自生していたニラを一カ所にまとめて、植え替えをしておいたんですが、花が咲き出しました。 

1_6th_sep_2008 芝生と雑草で、判りにくいかもしれませんが、立派に育っています。この花から黒いごまの様な種が取れますので、又その辺に来年は増えていくかもしれません。

2_6th_sep_2008_2 今朝、朝取りした、ニラで、それらを洗って刻むと、ニラの香りが台所に漂います。 みそ汁の具に、無人販売店で買ったタマネギ(7個で100円)を刻むと、今度は、タマネギの香りも加わりました。

6th_sep_2008 刻んだニラとタマネギに、干し椎茸、「ふ」と高野豆腐とワカメ(それぞれ乾燥物)、煮干しは手でちぎった物を加えて、みそ汁を作りました。 煮干しを砕くと、沢山出汁がとれるし、そのまま汁と一緒に戴く事が出来ますし、ワカメや干し昆布も、小さく刻むと、出汁がよく出ますし、そのまま戴く事が出来ます。

今朝も美味しいみそ汁の出来上がりです。

鍋で煮た事によって、タマネギの香りは、ずっと減り、ニラは生より煮た事によって香りが強くなった感じで、味噌の香りと混じり合い、食欲をそそります。

先ほど、和食の朝食を美味しく戴く事が出来ました。ご馳走様でした。

ニラ、三つ葉、パセリ、大葉などの香味野菜は、プランタ-などに植えて、ベランダで栽培出来ますので、料理にちょっと加えると便利と思いますし、盆栽代わりに、山椒の木(トゲのない木もあります)を植えると、薬味に利用出来ると思います。

庭に、やはり自生している山椒の木がありますが、野生種の為にトゲがあり、枝を切る事によって新しい柔らかい葉が出てきますし、種も取れます。

又、大葉は、薬味や天ぷらに利用されますし、蕾も塩もみして、ご飯にかけて戴くと、香りとシャキシャキ感と塩分で、何杯でも戴く事が出来ます。

我が家の庭で、青じそと苦瓜が上手く育ちませんので、来年はプランタ-で育てるつもりでいます。

ミョウガもみそ汁や冷や麦やそうめん等への薬味としては、最高で、我が家でも採れますが、まだ自給自足までの量はないので買い求めまています。 

ネギを昨年トライしましたが、あまり上手く育ちませんでしたので、アサツキは簡単なので、その変わりに植えていますが、もうすぐに苗を買って畑に植える時期になります

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2008年9月 5日 (金)

取り残されたカモ

0_23rd_may_2008_2 取り残されたカモ:隣村には、大型ス-パ-が数年前に出来て、今、その系列の電気店も建設中ですが、その近くには、大きな河川があり、その川の水を引き入れて水田を耕作していますので、まだ幸いな事に、水田もかなり残っています。 その水田の2ヶ所で、カモ農業をされている農家があり、田植えの間もない頃から、カモの雛たちが、水田の中の雑そうを食べながら、育っていました。 この写真は、2008年5月23日に撮ったもので、田植えから間もないので、まだ鴨はまだ雛の状態でした。

1_5th_sep_2008そして、月日が過ぎて、9月5日の写真ですが、有機栽培された稲には、黄金色した稲穂がたわわに実り、それらの頭を垂れています。 その側で取り残されたカモが座って、親(農家の方)をじっと待っています。

1_5th_sep_2008_2

ちょっと愛嬌のある仕草で、可愛い瞳を此方に向けていますが、取り残されたそのカモの拡大写真です。 もうすぐ稲刈りの為に、その農家の方は、成長したカモ達を連れて帰りましたが、一羽だけ取り残されていました。 きっと、いくら待っても、もう一羽が帰ってこないので、きっと襲われて死んだと思い、帰ってしまった様でした。 仲間がいなくなり、取り残された日のそのカモは、きっとパニック状態だった思い、可愛そうでしたが、遠くで見守る事しか出来ません。 まだ水田の水が残り、雑草もあるので、死ぬ事はないと思いつつ、その様子を眺めながら家内と自転車で通り過ぎました。 でも、もうすぐに、そのカモの親でもある、飼い主の農家の方が、稲刈りに、この水田に来るでしょうから、保護されるはずです。 でも、その後の運命は、鴨肉になるのか、或いは、特別なカモとして、生存を許されるのかは、不明ですが、気にはなります。 カモ農法は、農薬の減量になるはずですから農薬のコストが減り、カモは鴨肉として出荷もできますので、人間と自然環境にはとても良い農業で、「一石二鳥」の方法です。

5th_sep_2008 カモたちは、農家の方を親として認識していますので、あまり人を怖がりませんので、写真をとっても全く警戒心はありません。 自然環境で生まれた白鷺は、とっても警戒心が強いので、ズ-ムで撮った為に、少しピンぼけになってしまいました。 川エビやドジョウや小魚や昆虫を食べる白鷺は、あまり農薬が使われていない証してもありますので、野鳥観察も楽しめますが、自然環境のバロメ-タ-になります。

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2008年8月27日 (水)

一人旅 in 東北(3)弘前

青森県弘前市:やっと天気も回復して、観光日和になりました。

しだれ桜の花が咲いている時の、弘前城天守閣は、きっと素晴らしいに違いがありませんが、今の季節の新緑の緑に囲まれたお城も見応えがあります。

27th_aug_2008 弘前城公園内には、天守閣も植物園もありました。

お堀に架けた橋の手すりが鮮やかな朱色ですので、天守閣の荘厳さを引き立てています。

勿論、弘前城の池にも、蓮が植えられていますので、写真を撮りましたが、ピンクの蓮の花が、小さくしか写りませんでしたが、植物園の蓮池の花は、手が届く所に咲いています。

27th_aug_2008_2 それで、植物園のそちらの蓮の花の写真を選んで添付しました。

27th_aug_2008_800 大輪の蕾が何と美しい事でしょうか。

大きな感動を与えてくれた事に感謝です。

蓮の葉をそっと手でよけながら、散策道を歩きましたが、今回更にラッキ-だったのは、まだ蓮の花が咲いて、ピンク色と白色を同時に見る事が出来ました。

 

27th_aug_2008_3 白い蓮の花をタイのバンコク市内の寺院で、お供えをした時に、初めて白い蓮の花を見ましたが、国内ではピンクが多く、珍しいのかもしれません。

植物園内では、沢山のピンク色の花が咲いていましたが、白い色の花は、二つしか見つける事が出来ませんでした。

植物園内は、蓮の葉と花に囲まれ、シ-ズン・オフの為に、回りに人影がありませんでしたし、それに全く期待していませんでしたから、蓮池に花を見つけた時は、感動しました。 シャッタ-を切り、何十枚も、撮り続けました。 その後、蓮池の一角にある、藤棚の下で、一休みをしていると、蓮の葉が少し揺れ、風を感じ、蛙や糸トンボも生息し、ここは、桃源郷か、はたまた、極楽浄土の様な世界を、垣間見る事が出来て、幸せな気分を味わう事が出来ました。

蓮の花は、蕾から開花する時が、とても美しく、その後にすぐに色も少し薄れ、風によって、大きな花びらが、簡単に落ちていまいますので、ソメイヨシノの桜の花と同様に、花の命は短いです。

レンコンを収穫する蓮は、ピンク色の花で、大抵、日本のお城の堀には、古くから、蓮が植えられています。 戦国時代には、戦火が長引いて、兵糧責めにあった際に、レンコンは食料になりますから、城主は大抵栽培を命じています。

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2008年7月10日 (木)

生き物達

毎年、初夏になると、アオモン糸トンボが我が家の庭に飛来してきます。
我が家の庭の雑草は、その上部のみを度々刈っていますが、除草剤や農薬をまかないので、玉虫、ミミズ、バッタ、キリギリスと、いろいろな昆虫が、庭にいます。 

でも、我が家の飼い猫ネコちゃん達が庭を歩き回るので、蛇は一度も観た事がありません。(その後に一度青大将の子供を見つけましたが、あっと云う間に草むらに消え去りました。)

10th_july_2009 元気な糸トンボも疲れて一休みですので、左の様に写真を撮らせてもらいました。

地中より、はい出して、外界に出た蝉の命も短いですが、トンボも 一夏のみですよね。(先ほど、赤とんぼも飛んできましたが、シャッタ-チャンスがありませんでした。)

何時も買い物に出かける時に、地元の河川で何時も甲羅干しをしている亀達を見つけたり、小魚や大きな川魚も飛び跳ねたりしていますので、餌は豊富なのでしょう。 

亀は万年といわれる位長生きすると思いますが、環境汚染がひどくなければ、それぞれに与えられた寿命より短い命になってしまうます。

カルガモ農法を試す農家が隣町に今年現れ、そのカモたちの写真を撮る為に、寄って行くと、近寄って歓迎をしてくれます。 

除草剤を使わず、カモに雑草を食べて貰いますので、田んぼの水がとても綺麗な事が判ります。 

ちょっとかわいそうですが、カモはいずれ食用になるでしょうから、除草剤もいらず、更に鴨肉の収入も入るし、きっと美味しい米が豊作になると思います。 

環境汚染軽減にも一役買う、そう言う農家が増えていく事を期待しています。

自殺や人殺し(同種同士の殺戮)をするのは、人間という種類の生き物達ですね。

(上記の私の日記は、他のSNSの A-haで、すでに掲載されたのを加筆と修正しました。)

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2008年6月27日 (金)

一人旅 in 九州・長崎 (11) - 2 

27th_june_2008__8 歩いていると、浦上天主堂(うらかみてんしゅどう)は、此方の山側からは、小さく見えますが、目を左にやると、民家の庭に、ハイビスカスの花が、綺麗に咲いていました。

27th_june_2008__3 時計を見ると、午前11時半でしたので、早昼にする事にして、喫茶店を探し、入店しました。 アイスココアと、ジャガイモ入りのカレ-ライスで、ココアは普通のインスタントでしたが、カレ-はじっくりと煮込んであり、とっても美味しかったです。

27th_june_2008_浦上天主堂は、一般的にその様に呼ばれていますが、正式名は、浦上教会(うらかみきょうかい、英語:Urakami Cathedral)です。

鎖国政策を実施していた江戸幕府は、例外として、長崎港を開港し、外国人の居留地を設け、江戸時代末期の1864年(元治元年)にフランス人司祭、ベルナール・プティジャンと横浜から来たルイ・テオドル・フューレ神父が基本設計を行い、天草出身の棟梁だった小山秀之進が建設を担当して、1865年にカトリック教会として、日本に現存する最古のキリスト教の建築物でもある、大浦天主堂(天主とはキリストの事です。)が作られた為に、フランス寺とも呼ばれ、日本二十六聖人に捧げられた教会堂です。大浦天主堂の建立を知った当時の浦上の信者達は、大浦に赴任してきた神父と密会をし、信仰の告白をした為に、キリスト教の信仰が公になりましたが、その後の明治政府も、江戸幕府と同様に、キリシタン禁止令を維持した為に、多くの信者達を弾圧し続けました。 その為に、浦上の信者達は、1868年(明治元年)に、明治政府によって、各地に配流されてしまいましたが、1873年(明治6年)にやっとその禁制が解消され、信者達は浦上へ戻り、1879年に小聖堂を築いたのが浦上教会の発端でした。 その後、大浦天主堂から専任の神父が浦上に赴任し、翌年の1880年(明治13年)に浦上の庄屋を買い取り、現在の地に移転し、1895年(明治28年)には大聖堂の建設が始まり、それが完成するまで、20年もの歳月を費やしました。そして1945(昭和20年)年8月9日に、長崎に原子爆弾が投下された事によって、原形をとどめないほど破壊され、沢山の尊い命が犠牲になりました。 もう二度と同じ悲劇が繰り返さない事への戒めと平和祈願の為に、浦上天主堂の一部の外壁や廃墟などを、平和公園に移動して展示されています。1959年(昭和34年)に、 浦上天主堂(浦上教会)が、その廃墟跡に旧天主堂を模して再建され、今に至っていますので、長崎市の浦上は、歴史的な観点からも、カトリック信者達が多いのです。  同教会のドアをくぐると、礼拝する信者さんとキリスト像が、目に飛び込んできて、荘厳な空気に圧倒されてしまい、思わず頭を垂れました。 

27th_june_2008__5 近くの信者さん達に、一礼をして立ち去り、近くに安置されたマリア像を撮らせて貰いました。

27th_june_2008__6 幼子イエスを抱くマリア像です。 信者でないのですが、心が洗われる気がしますので、信仰心の篤い信者さん達は、きっと救われていると思います。

27th_june_2008__7 教皇ヨハネ・パウロ二世の像です。1981年に来日し、2月25日に、ミサ(ミサはカトリック教会でおこなわれる聖体祭儀のこと)を司式されたそうです。

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2008年6月26日 (木)

一人旅 in 九州・佐世保 (9) - 4

宿泊した佐世保ワシントンホテルの前にあるスナック、「くろうま」さんのお店に、初めて立ち寄りますので、どんなマスタ-さんか、ママさんに合う事が出来るか、少し不安でもあり、楽しみでもあり、そんな複雑な思いで、そのお店の扉を開いたのが、午後6時前でした。 

お店の前に置く広告スタンドには、もう火が点っていたので、開店している雰囲気でした。 

1_25th_june_2008_ 芋焼酎は、香りが強い為に、お店に置かない方針との事で、お店と同じ名前の銘柄の麦焼酎、「くろうま」を頼んで、突き出しは、烏賊に酢みそがかけてあり、頼んだ刺身は、ハマチとホタテの貝柱で、鮮度が良く美味しい買ったです。

25th_june_2008_ マスタ-さんの以前の職業は船長さんで、長くされていましたが、船主さんの新しい経営方針を受け入れる事は、長い船長経験から受け入れる事は出来ない為に、陸(おか)に上がったそうで、スナックも船も水商売だからと、思い、たまたま空き家だったこのスナックを借りて、「水」商売を最近始めたとの事で、そんな身の上話を聞いていましたら、どんどんと親しみが湧いてきました。 昼間もお店を開けて頑張っているマスタ-ですが、ちょっと飛ばしすぎです。 私のブログの話をしましたら、喜んで協力して貰いました。

25th_june_2008__2 野菜も摂らなくてはと思い、トマトを頼み、完食です。

2_25th_june_2008__2 カラオケ教室に通っている生徒さんも後から、一緒に加わり、同じ世代同士でもあるマスタ-さん、生徒さんと私で、沢山唄を唄い、楽しい一時を過ごす事が出来ました。

25th_june_2008__3 12時を回ってしまったので、ホテルに戻りますが、マスタ-さんが、わざわざお店の外まで見送りしてくれました。

マスタ-さん、今夜は楽しい一時を過ごさせて頂き、又美味しい料理を戴き有り難う御座いました。threemobaq

明日は、島原に立ち寄って、長崎のホテルに宿泊する予定です。

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2008年6月17日 (火)

一人旅 in 九州 (2) - 5

鹿児島市内小料理屋さん:ホテルの前にある小料理屋さんが気になりました。 実は、焼酎の飲み放題のお店なんですよ。 それでホテルでシャワ-を浴びて、さっぱりしてから、そのお店は向かい側のビルの一階にあり、他のお店と間仕切りされていますので、ビル内の細い通路を歩いていくと、緑色の提灯が、小料理屋さんの店の玄関先に吊してありました。 この提灯は、地元の食材や国内の食材を使った、お料理をお出しする目印なんですね。 (食材は、みんな国産なのよと、言われていましたので、多分提灯に星が5つ書いてあったかもしれません。) それですごく気を良くして、そのお店の戸をあけましたら、明るく可愛らしい若い女性スタッフが、カウンタ-席に誘導してくれました。happy01       焼酎飲み放題のコ-スで、3980円と言われたと思いますが、焼酎の銘柄探しで、上の空で聞いていました。 結局、冒険をせずに、定年前に鹿児島県川内市(せんだいし)で良く飲んだ、「島美人」のお湯割りを頼みました。 突き出しと12種類のお料理が運ばれたと思いますが、酔ったせいか、料理の写真の数点がピンぼけでしたので、それらは除外し、添付ませんでした。

1_17th_june_2008__7 枝豆が出て、隣のお客さんが、もっと緑色を出すには、塩加減やゆで方がどうのこうのと言いながら、又、茹ですぎとか言いながら、その枝豆を戴いていました。 私は、充分美味しい思いましたが、食感や味付けが、そのお客さんには、合わなかったのかもしれませんね。 焼酎専用グラスに5:5と6:4と書いてありますので、まずお湯を5の線まで入れてから、焼酎をなみなみと注ぎます。これで55のお湯割りが出来ます。 多分タケノコ酢みそ和え、そして、とろろ芋の千切りが続き、どれも焼酎に合い大変旨いつまみになります。

2_17th_june_2008__4 少し堅めの冷や奴は、甘タレがかけて、香菜がトッピングしてあり、これも美味しかったです。

3_17th_june_2008_ マグロ、多分イナダとタコの刺身で、刺身は最高です。

417th_june_2008_ 有田焼の器に入った、シャキシャキした食感で、タケノコかもしれません。

5_17th_june_2008__2 おからですので、体に良いのです。 少しピンぼけになって来ましたね。

6th_june_2008_ お店のママさんに聞いたら、此方のタケノコは、大名竹の子と言うそうです。 

ママさんが、私の左側のお客さんの二人とも話したりしますので、飛び入りで、そのお客さん達とも、私も話をする機会が出来、一期一会になるか、又は再会するか、先の事は不明ですが、新しい人との出会いがありました。 そのお二人は、某テレビ局の部長さんのTさんと、Tさんと同級生で、内科医になられたIさんで、いろいろと雑談させて頂きました。 慶応ボ-イのTさんの奥様が、神奈川県の出身で、私も神奈川県で育ちましたので、話は止めどなく広がって、楽しい一時を過ごす事が出来ました。 Iさんは先にご帰宅され後に、Tさんから名刺を頂きましたので、後日、メ-ルする事をお約束して、Tさんとお店で別れました。 Tさん、Iさん、有り難う御座いました。(threemobaqでした。)

7_17th_june_2008_  まだ、お料理は続きます。シラスとごまの和え物です。

8th_june_2008_何でしょうね。 甘かったと思います。

9_17th_june_2008_ 煮物で、完食です。

10_17th_june_2008_ 最後にラッキョウです。

My_way_17th_june_2008_ ホテルの隣のスナックで、カラオケを数曲歌い戻りましたが、長い一日でした。

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2008年4月 5日 (土)

衆議院の解散は誰が行うのでしょう

一人旅の中休みです。 他のインタ-ネットのコミュニティ-で書き込んだ内容に加筆と修正しました。

福田内閣の支持率も、低下し続け、ぼちぼちと衆議院の解散に向かって、東京・赤坂の近辺の料亭が忙しくなっていると思います。
福田さんは、吾関節炎とか、馬耳東風の感じですから、世論に反応しにくい様に見えます。 今風で言えば、KY総理大臣ですかね。 
国民世論によって、衆議院を間接的に解散させるには、特に、マスコミとしてのテレビの力は、絶大です。 最近鋭い切り込みをする若手のテレビ会社の社員達も増えてきていますので、良い兆候で、期待をしています
早く総選挙して、政権交代が望ましいと思いますがどうですか。

突然ですが、演歌歌手、春日八郎の『お富さん』の話です。
その歌詞の出だしに『いきなくろべぇ~ みこしのまぁ~つに。。。』ですが、子供の頃に、意味も判らずに口ずさんでいました。 
ひらがなでのみで、理解出来た人は天才かもしれません。(笑)
漢字に直すと、『粋な黒塀 見越しの松に』で、その粋な黒塀なんですが、赤坂の料亭を政治家が、密談や会合に頻繁に利用しています。
赤坂のそれらの高級料亭は外部からのぞき見をされない様に、3m弱位の高さの塀で囲ってあったりします。 
木材で出来た塀は、『粋に黒く』塗られており、料亭の内部を、のぞき見する事は出来ませんので、なおさら気になるのが人情と言うものです。 

現役時代には、赤坂に事務所を借りていた事もあり、あの界隈で、頻繁に昼食を摂った事が思い出されます。

話を戻します。

衆議院の解散は誰が行うのでしょう。

a)その時の日本の内閣総理大臣でしょうか。  正確に言えば、違います。
b)その時の内閣(国の行政権を担当する執行部)でしょうか。 ほぼ正確に近いです。 でも違います。
c)天皇でしょうか。 これが正真正銘の正解です。

では、なぜてしょうか。
今の日本国憲法に、その様に規定されいているから。 

解散の流れ:-
まず、内閣総理大臣が、解散の理由を全ての国務大臣に説明する為に、閣議を開き、そして、その解散の同意を取り付け、閣議書に全員が署名して、初めて、国政の執行部としての内閣が、解散を承認する事になります。 
もし解散に対して不同意の国務大臣が多数いたとしても、それらの大臣達を罷免(辞めさせる事)して、内閣総理大臣が、それらの大臣達を兼任する為に、内閣総理大臣の一人が、実質的な解散の決定権を持っているのに等しい訳です。 その為に、『伝家の宝刀』と言われる所以でもあります。
内閣が解散の承認すると、内閣総務官が、詔書の原案(天皇の言葉としての原案。)を皇居にいる天皇に持参して、天皇の署名と押捺を受ける事になります。

天皇の国事行為として、衆議院の解散行うと、今の日本国憲法憲法、第7条の第3号に、きちんと、その様に規定されています。 

従って、正解はc)でした。

もし天皇が個人的に反対の意見を持ち、内閣総理大臣の任命を拒否したり 公文書への署名を拒否した場合は、日本国の国家として機能が麻痺する可能性があると指摘されていますので、少々不備の残る日本国憲法かと思いますがどうでしょうか

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2008年3月13日 (木)

娘の写真

我が家の一人娘の為に、芸能プロダクションに送る履歴書に貼り付ける写真を私が撮りました。 
その写真と履歴書とデモ・テ-プを数社に、後日、送付する予定です。 

(東京で一人暮らしが長かった娘は、身も心もぼろぼろになって、自宅に戻ったのが、昨年の7月でした。 娘と姉妹の様に仲の良い家内のメンタル・ケアや、食事からの栄養もしっかり摂り、漢方薬と睡眠薬の併用をし、飼い猫たちの面倒や畑仕事の手伝いをしながら生活をしていました。 めきめきと心身共に改善し、今年の2月には、自分で職探しをし、某居酒屋チェ-ン店の新店進出に合わせて、面接と研修を受けて、3月より本格的に働きだし、過去の経験を生かして働いている為に、今月には、副店長並みの働きをしている様で、職場で信頼され、楽しく働き出しました。  数社の中の某プロダクションの書類審査が受かり、この間、その面接が東京の事務所でありました。 幸いにも内定を頂いた様子で、契約書の内容に異存が無ければ、同意する段階まで進み、娘は、自分の夢に向かって、満身の力で歩み出しました。 万歳!)

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2008年2月23日 (土)

一人旅 in 富士 (4)

23rd_feb_2008 お昼:鰺の押寿司を買って、特急の車内で食べながら、富士の一人旅を終えて帰宅するんだと言う思いが強くなりました。

23rd_feb_2008_2 東京駅八重洲南口:大地震に備えて、東京駅構内も、着々と耐震工事が進められています。 相当な工事費用がかかると思われますが、『備えあれば憂いなし』で、JRの経営は、その点で評価する事が出来ます。 大地震に遭遇しなければ、それらの耐震工事は、無意味の様に思われがちですが、地震学者は、必ず大地震に見舞われると警告していますので、必要な工事なんですね。 

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2008年2月22日 (金)

一人旅 in 富士  (3)

22nd_feb_2008_2 昼食:魚河岸、丸天:ジョンくんのパパさんと、昨日の夜に、超ミニオフ会を沼津近辺で行う事になっていたのですが、急遽大切な会合に彼が出席しなければならず、延期の電話を頂き、彼の丁寧な提案で、本日に富士まで、ご足労してもらい、昼食を共にする事になりました。 現役時代には、富士のこのお店を度々利用させて貰いましたし、ジョンくんのパパさんも沼津店のリピ-タ-の様でしたので、お店の選択はすぐに決まりました。 それで、沼津や富士にある、和食レストランの魚河岸、丸天さんの富士のお店へ出掛けましたが、近くの専用駐車場は満杯でしたので、少しはずれた場所にもう一つの駐車場がありますので、そこに駐車して貰いました。
鯨の張り紙がありましたので、鯨は単品で注文し、定食を注文しました。 久々に、美味しく腹10部まで、戴きましので、もう満腹で~す。

夕食とカラオケ:度々、カラオケ教室に利用させて貰う、富士のスナック、『琥珀』によらせて貰いました。 カラオケの先生が本日多忙の為に、夕食とカラオケ教室が同じスナックになりました。 

22nd_feb_2008_3まめなスナックのママさんは、何時も何か数品手料理を作り、お客さんへ出していましたが、こんなに本格的な和食を用意して貰い、びっくりしました。

222nd_feb_2208 天ぷらも戴きましたので、お腹はそれなりにキンキンでした。

 

3_22nd_feb_2008イカ刺しや中落ちもどきや散らしすしも別腹に入ってしまいました。(笑)

大変美味しく戴きました。

ママさん、ご馳走様でした。

threemobaq(さんきゅう)でした。

カラオケの先生であるSさん、本日も有り難う御座いました。threemobaq

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2008年2月21日 (木)

一人旅 in 富士 (2)

21st_feb_2008 ホテルの朝食:度々利用させて頂いている、静岡県富士市JR富士駅前のビジネスホテルの富士グリ-ン・ホテルの定番の和朝食です。 黒はんぺんとわさびが富士の名産ですので、大抵ご飯のお供として付いてきます。 天のお恵みと、沢山の方々の手によって出来上がった、朝ご飯で、感謝を込めて戴きます。 そして、今日も、ご馳走様でした。

21st_feb_2008_2 富士山:駿河湾に面した富士市内の商店街から、見上げた富士山で、山頂から下方に向けて雪によって覆われており、素晴らしい眺めです。

特に冬山の富士山は格別ですが、電線が見事におじゃましていますね。(笑) 

21st_feb_2008_4 電線が見事におじゃましていますね。(笑) 

21st_feb_2008_5 アルファ リゾ-ト21:伊豆急線の電車で、普段は特急列車と使用されている様ですが、今日は、各駅電車に格下げされましたので、快適な空間とゆったりした座席でしかも、運転席の後ろの席に座らせて貰いました。 

21st_feb_2008_6

大変見通しの良い前部座席です。

121st_feb_2008運転手さんの交代:途中で、男性運転手さんから、若い女性運転手さんに交代しました。 女性のいろいろの職場への進出は、めざましいものがあります。 将来は、きっと日本でも、女性の総理大臣が誕生したりすると、思います。

21st_feb_2008_8 車窓の景色1:車窓からほんのちっと間でしたが、湾内に漁 船が一艘浮かんでいますが、お昼過ぎに魚を捕りに出掛けるのでしょうか。 船の先を見ると、出航している様に見えます。 とても穏やかな風景です。

21st_feb_2008_7車窓の景色2:海岸にある石は丸くなっていますので、荒波である事を示しています。 この荒波が魚を美味しくしている訳で、漁師さん達が苦労して捕った魚を有り難く戴いているのです。 地平線がまっすぐでなく、少し丸みがある事が判ります。 地球が丸い証でもある訳です。

 

21st_feb_2008_9 昼食:河津桜の桜祭りが開催中の為に、JR河津駅の駅前食堂は、大変後雑していますので、駅より少し離れたお寿司さんに入りました。 焼酎の水割りをまず頼みました。 多少混んでいますがホタルイカの突き出しと焼酎のグラスがすぐに来ました。 ついでに、刺身定食と焼酎の追加を頼みました。 鰺のたたき、甘エビ、鮪の赤身、イカの身、皮付き鯖の刺身で、美味しかったですよ。 花見の前に腹ごしらえでした。

21st_feb_2008_11 すし処 朋:上記のお昼ご飯は、こちらのすし処で戴きましたが、右側のレストランも同じ経営なんですが、いろいろの定食が用意されて、満席の状態でしたので、おすし屋さんの方へ案内してくれたのでした。

21st_feb_2008_3河津桜1:河津桜祭りの開催中ですので、花見に沢山の人達がやって来ていました。 河津川の両岸に沿って、河津桜と菜の花が、煌びやかに咲いています。

21th_feb_2008

河津桜2:河津桜にメジロが、蜜を食べに来ていますが、沢山の人達のざわめきが、気になってメジロが落ち着きません。 やっとメジロが撮れました。

2_21st_feb_2008 河津桜3:花を拡大した写真で、蕾が花を開いてから、あまり時間が過ぎていないので、花びらが、まだ花びらが完全に開ききっていないです。 その為に、まだ濃い桃色をしています。

21th_feb_2008_2河津桜4:花が咲いて、時間が過ぎて、完全に花びらが開くと淡い桃色になります。 

何と美しいのでしょう。 本当に自然の力は偉大です。

21st_feb_2008_12 夕食:富士市内の食堂で戴いた、ソバとうどんの合せ盛りで、何時もの様に美味しかったです。 そして、河津桜見物が、今回の一人旅の目的の一つでしたので、大変満足でした。

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2008年2月20日 (水)

一人旅 in 富士

20th_feb_2008_10 静岡県富士市若松寿司fish:JR富士駅前にある富士グリ-ンホテルの側にある、『若松寿司』(静岡県富士市本町5−3 電話:0545-61-0576)は、長年現役時代に長い事利用させて貰った、お寿司さんで、退職しても懐かしくて、のれんをくぐりました。 亡くなられた、先代のお母さんが話してくれた苦労話や、大将のおじさん、お手伝いさん達など、いろいろな事が思い出されます。 本日は、大将と女将さんと共に、いろいろと歓談する事が出来て、とても楽しい一時を過ごす事が出来ましたし、そして美味しいお刺身とお酒を戴く事が出来ました。 どうも有り難う御座います。(threemobaqでした。)

又、寄らして貰います。写真には、大将一人が写っていますが、女将さんは、恥ずかしいとの事で写真を遠慮してしまいました。

120th_feb_20908 左から、生きの良いイカの下足(身も美味しいですが、コリコリした触感があり、味も身とは異なりますので、お試しあれ。)、ヒラメ、イカと甘エビの刺身は、美味しかったぁです。happy01

実は、マイ箸をお店のカウンタ-に忘れてしまい、女将さんが、わざわざ隣のホテルのフロントに渡してくれたのでした。女将さん、どうも有り難うでした。(threemobaqでした。)

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2008年2月17日 (日)

一人旅 in 沖縄 (9)

ステンレス貯水タンク: 昨日は、ゆいモノレ-ルに沿って、首里城駅手前の儀保駅前まで歩いたりましたが、かなりの数の家々の屋根には、ステンレスのタンクを設置しています。 10年位前までは、沖縄では、断水が度々あった為に、その備えとして、各家庭の屋根にステンレスのタンクを設置して、ポンプで、水を何時もみ上げておく対策をとってましたが、最近の新築時には、そのタンクの設置をしない家庭が増えているそうです。 

もう断水は無いだろうと考えている為との事で、知り合い方から、その様なお話を伺う事が出来ました。 『喉元過ぎれば熱さを忘れる』と言う事でしょうかしら。 

17th_feb_2008写真は、本日、ある家庭の屋根に設置してある、立派なステンレスの貯水タンクで、保守と点検をされている様に写りました。 那覇市内でも、数軒、水の販売の為のお店が出来ています。 勿論、まだ赤字でしょうから、他の仕事も副業として持って、二足のわらじを履いているお店ですが、将来は、ウォ-タ-・ビジネスとして、大きく育って行くに違いありません。 日本は、水と安全はただと言う時代は、残念ながら、過去の時代になりつつあります。

Ana17th_feb_2008 ANAラウンジ:本日、帰宅しますので、少し早めに那覇空港に到着し、ANAラウンジで、一服です。

Anab_17th_feb_2008 イモ焼酎を戴く機会は沢山ありますが、泡盛の場合は少ないので、ラウンジにあった泡盛を一杯ご馳走になりました。happy01 機内圧力が少々低くなる為に、地上より酔いが早いので、一杯だけにしましたよ。 左側が、氷水で右側が、泡盛です。 

自宅に戻りましたが、やはり我が家は本当にリラックスが出来て、ゆっくり出来ます。happy01

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2008年2月16日 (土)

一人旅 in 沖縄 (8)

16th_feb_2008 泊港桟橋:橋には、立派な龍の飾りを付けた橋を見つけました。 

16th_feb_2008_2 その橋を渡ると、小型船用の桟橋がありますが、向川の桟橋にも、定期船が発着する様です。

16th_feb_2008_3 又、橋の近くには、ゴ-ルデン・ガジュマロの木が茂っていました。その葉の色は、黄色の様で、何時金色に輝くのでしょうかしらね。 

明日は、帰宅する事になります。

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2008年2月15日 (金)

一人旅 i n 沖縄 (7)

下記の内容は、私が、某SMSに投稿した後に、修正と加筆した物でちょっと堅い話になります。

明治橋:沖縄の那覇市内の海岸が見たくなり、ゆいモノレ-ルの旭橋駅から歩き出して、国場川に架かっている、立派な明治橋を渡りました。

15th_feb_2008_4 日本が守る米軍基地:どうして、日本が米軍基地を守るのか、あべこべの話でしょとお思いになるかもれませんが、まぁ、読み進んで下さい。
その立派な明治橋の端に来ると、いきなり、那覇湾が目に入り、その橋の下を見ると、あの特徴のある金網が目に留まりました。 この写真は、明治橋の欄干からその金網を撮った写真です。 

15th_feb_2008_5 もしかして、この地域も米軍基地なのかと、数歩、歩き続けると、それを確認する材料を見つけました。 それは、その金網の向側から張ってある、警告板でした。 それには、「US ARMY FACILITY  UNAUTHORIZED ENTRY PROHIBITED AND PUNISHABE BY JAPANESE LAW」 (直訳:米軍施設への許可が無い場合は、進入禁止そして日本の法律で罰せられる。)  その警告板には日本語で、「米国陸軍施設 米国用地に無断立ち入ることを禁止する。違反者は日本国の法律に依って罰せられる。」と英語と日本語の両方で書かれていました。 それで、まず判った事は、日本語のその内容から、この基地は、米国の『海軍』でなく『陸軍』が使用しているという事で、那覇湾の沿岸を広大に接収しています。 まずなぜ陸軍なのか、理由はわかりかねました。 金網に沿って歩き続けましたが、その広大な敷地に、施設が少ししかなく、敷地の有効利用度がとても低いと私には写りましたので、日米軍事戦略に、なんの支障もないと思われますので 即刻日本へ返還すべきと思いました。 米国用地と記してありますので、各国の在日大使館と同様に、この米軍基地も治外法権によって守られているだけでなく、日本国が、法律によって、米軍基地を、許可が無い侵入者から守っている事が判ります。 もし、その金網を超えたり、穴を開けて侵入しようと試みた者は、多分、那覇市の警察が取り押さえるので、その米軍基地を守る事になるのでしょうし、侵入した後に、取り押さえられたり、その後に基地内で犯罪を犯した日本人は、治外法権がある為に、日本の法律が適用されない犯罪になりますので、きっと米国本土に移送されて、米国の法律によって罰せられられ、どこかの刑務所に入るんでしょうかしらと、そんな事を思いながら、その金網沿いにある歩道を、歩き続け、やっと金網の切れ目にたどり着きました。 

15th_feb_2008_6 金網の切れ目の写真です。

すると今度は、道路の反対側には、又広大な地域が、同じ様な少し低い金網で囲まれているの発見しました。 今度は自衛隊の基地です。 
沖縄県内に米国と日本の基地があると言うよりは、むしろ基地の中に沖縄の市町村があると言う感覚です。

自衛隊の目的とは:今でも自衛隊は、私達の個人、個人の生命や財産を守ってくれると誤解している人が多いのですが、自衛隊の目的を、自衛隊のトップであった元・統合幕僚会議議長栗栖弘臣氏が「自衛隊は国民の生命・財産を守るものだと誤解している人が多い。政治家やマスコミも往々この言葉を使う。しかし国民の生命、身体、財産を守るのは警察の使命(警察法)であって、武装集団たる自衛隊の任務ではない。自衛隊は『国の独立と平和を守る』(自衛隊法)のである。」と、この様にあからさまに本音を述べています。 
ここの国の意味とは、天皇制を中心とする民族や家族意識であり、決して個々の国民を意味しない事なんです。 そして、自衛隊法なる法律によって、正当化しても、憲法違反は、誰にでも明白ですし、武力を維持した立派な軍隊で、防衛庁から防衛省に昇格させて、軍国化しつつあるのが現状で、常に自国の国民の個人を守らないのが、自衛隊なんです。

それに、もし、日本国内に発車された場合、攻撃用長距離弾頭ミサイルの「連射」をどうやってくい止めるのでしょう。
迎撃ミサイルで、全ての攻撃ミサイルを撃破するシステムは、まだ存在しませんし、宇宙戦争とテロ戦争を想定するのが、今の国防には必要なんです。
かなり多くの通常兵器を買い込んでいる日本は、国防より利権と私利私欲で、防衛費を使っている事例も多いてすが、電子要塞の様なイ-ジス艦もこれからもっと必要でしょうし、ステルス機の様な戦闘機も必要になりますので、国防とは、ある意味ではハイテクの開発戦争なんです。
勿論、北の国の様に、核爆弾も外交の切り札として、力の外交をして行くならば、製造して保持しなければなりません。
軍事大国のアメリカは、度々小さなテロによって攻撃されていましたが、同時多発テロに見舞われた、あの悲惨な2001年9月11日には、私もシカゴのオヘァ空港にいました。 
一週間ほど、足止めになり、毎日、毎日、行方不明の家族がテレビで安否を泣きながら訴えていましたので、とても心が痛みました。 しかしながら、戦争を支持した、多くの米国民の因果応報と言えるかもしれません。 
そしてそれによる憎しみの連鎖が発生し続けています。 
(自分の家族や親族が、戦争で殺されたならば、その憎しみを無くす事は大変な努力と時間が必要で、一生その恨みを持ち続ける人もいるでしょう。)

軍事大国のアメリカですら、米国本土をテロ攻撃から守れなかったのです。 

軍事大国のアメリカによって遂行された軍事介入や空爆でも、解決を長引かせただけで、未だに人々は混迷し、憎しみの連鎖を残しました。

(カナダでも、米国と同じくらい銃を所持していますが、銃による事件の件数は、とても少ないです。 なぜ、同じ肉食文化であるのに、カナダで少ないのでしょう。 それは、米国では市民に不安を常に与える様な政策を常にマスメデアによって伝えていますから、一般米国市民は不安感や緊張感が常にあり、一触即発の状態で閉塞感があります。 一方、社会福祉や思いやりを持った社会をカナダは作りましたので、無職でも、衣食住の心配は少ないし、医療も無料ですので、その為に犯罪は少なく、その結果、市民のストレスがない為に、自宅では鍵をかけないで外出している家庭が多いので、大変良い連鎖になっているのです。 ですから、銃が多くても、カナダでは、銃による事件の件数が、米国に比べて極端に少ない訳です。 長々と書きましたが、この事を、国に置き換えても、同じで、未熟な国民によって成り立っている国が軍隊を持つべきでないのです。 日本が正式に軍隊を持てば、米国と同じになってしまいます。 それより日本は、カナダの様に成熟した国家作りが今後必要なんです。) 

米軍と自衛隊の共同演習のみだけでなく、自衛隊の司令部も米軍基地内に移設し始めています。) この様なオペレイションをする事態が、完全なハイブリッド軍隊を作る事になり、両国共がそれを目標にしていると思われます。 今後、当然、これからは自衛隊員も重装備を持って、米軍と一緒にと戦地に行く事が予想されます。 そうすると当然、自衛隊にも戦死者が出ます。今まで実戦経験もないですし、衣食住付きで特殊免許も取れるからと、入隊の目的から悦脱した隊員達の多くは、五月雨的に除隊するでしょうから、その後は、若者達に送る召集令状の制度が復活する事になると、私が見えた将来のシナリオです。 

私の結論:-
「無理が通れば道理は凹む」とことわざがある様に、無理を通せば、道理はへこみ、当然立腹する事になりますから、国防に対する究極の対策は、他国から生物兵器や原発へのテロ攻撃される原因を日本が作らない事と思うのです。

日本に対する信号は、今は黄色が点滅してますが、このまま続けて加担していると、おそらく赤に変わります。
そんな悲惨な出来事をすでに予知している予知能力者もいますが、予知能力ない私にもその様に思うのです。 ですから、そうならない様に、勿論、しっかりと政治活動を監視して行くが必要です。

小麦粉の値段だって、再値上げの通達で終わりですし、日本政府の無策そのものです。 年金だって60歳で満額の支払い開始が、段階的に65歳の満額へと変更を過去に決めしまい、詐欺行為です。
政治への無関心が、己の生活の全てに影響する事を再確認すべきで、来る衆議院選挙に向けて、お互いに良く勉強して、国民生活にとって、より良い政党に投票すべきで、棄権(投票する権利を捨ててしまい、投票をしない事)は、今度の与党の政策に賛成したと同じ意味になりますので、必ず投票すべきと思いのです。

それに、地震国の日本ですから、その備えも怠らない事も、家族の長して大切な事なのです。

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2008年2月14日 (木)

一人旅 in 沖縄 (6)

14th_feb_2008 朝食:宿泊したホテルで、バイキングの朝食を戴き、寒緋桜を観賞する為に、那覇市内与儀公園に道草しながら歩いていきます。

14th_feb_2008_2 泉崎駅近くで、自分のスナップ写真を一枚撮りました。

14th_feb_2008_3 核兵器廃絶平和都市宣言:那覇市として、核廃宣言の看板が立っています。 欧州もEUに統合され大きな時代の変化が確実に押し寄せている訳ですから、日本も多少は軌道修正が必要な時代になったと感じるのでした。

14th_feb_2008_4 緑化事業1:那覇市市役所の緑化事業して、ベコニアやガジュマロなど、草花や植木の保守をされていました。 雇用対策にもなり、何時も花々で、観光客を迎えてくれるのは、この様に地道な保守作業があるからこそと思いながら通り過ぎました。 どうも有り難う御座います。 

2_14th_feb_2008 緑化事業2:更にウォ-キングを続けていると、クレ-ンを使って街路樹の剪定作業をしていました。此方では木の生長も、内地に比べて早いので、頻繁に選定作業が必要と思われます。

14th_feb_2008_5 黄金ガジュマロ:黄金と言うよりは、まだ葉が若いのか、黄緑色と思いますが、黄金とは景気の良いネ-ミングです。 左の広い葉はハイビスカスの葉で、真ん中のが黄金ガジュマロです。

A_14th_feb_2008 与儀公園:寒緋桜の桜も、何度観ても良いです。

14th_feb_2008_6 桜には、メジロがとても似合います。

14th_feb_2008_7 勿論、蜜を求めて、ミツバチも、一所懸命に集めています。

メジロもミツバチも、上手く共存しています。

14th_feb_2008_8小さな虫も、自然と桜によって生まれた蜜を戴きに来ています。 いろいろと沢山の自然が結びつきながら、時間と共に春は過ぎていきます。

又、来年も是非訪れてみたいと思いながら、与儀公園を後にしました。

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2008年2月13日 (水)

一人旅 in 沖縄 (5) - 4

13th_feb_2008 沖縄県今帰仁(なきじん)城跡:琉球王国時代に建てられたグスク(城)で、現在は高く積まれた城の石垣しかありませんが、世界遺産に指定されています。 バスの停車時間の関係で、早足の観光になりました。
今帰仁城跡エコ宣言を今帰仁村教育委員会が、リ-ダ-シップをとり、城内には、ゴミ箱の設置をしておらず、ゴミの持ち帰りや、各店店頭で買った飲食用の空容器は、各店で回収をお願いしている様で、たしかに、ゴミ一つ落ちていませんでした。
場所によっては、寒緋桜が咲き、石垣ととけ込んでとても綺麗な景色を観る事が出来ました。
歴史文化センタ-には、今帰仁の歴史、中国から渡来した陶器類、集落の形態、当時の生活と文化などが展示されていました。

2_13th_feb_2008 寒緋桜の花が咲き乱れて、大変綺麗でした。

その後で、名護へ行き、名護パイン園(ナゴパイナップルパ-ク)にバスが立ち寄ります。 パイナップルの生産をしており、それを利用したいろいろの加工食品が店頭販売され、パイナップル・ワインの試飲も出来、辛口1本と甘口2本と塩からを買って、宅急便で自宅宛に送る手配をしました。 その後更にバスに乗って、無事に観光スポットの見学を終了して、元のバス停留所に戻って解散となりました。 定期観光バスの観光スポット巡りは、盛りだくさんになっており、私には少々不消化気味でした。 又、機会を見つけて、訪れてみたいです。

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一人旅 in 沖縄 (5) -3

13th_feb_2008_23   熱帯ドリ-ムセンタ-:熱帯植物が展示栽培され、主に1700種以上のランが3つの温室で育っています。 実は、那覇市内のスナック、ポピ-のお客さんが、ここのランはとても素晴らしいので是非おとずれたらとのお勧めスポットだったので、美ら水族館の後に、急いで此方に来ました。

13th_feb_2008_14 入れ口前にある花で造った蝶々です。

1_13th_feb_2008

色とりどりのランがよく手入れされて、それぞれ花が咲き誇っています。色とりどりのランが本当に見事です。

各ランの種類の見分け方:

ファレノプシス属のラン:葉の幅が広く、長い茎の先に花を付けます。これが所謂、胡蝶蘭と言われているランです。

バンダ属:葉が細長がく、細い茎に花が咲くランです。

カチレア属:葉の幅が広く、太く短い茎に花がさくランで、ランの女王と呼ばれています。

2_13th_feb_2008 白色の花を付けたファレノシス属のランで、特にこのランは、胡蝶蘭と呼ばれています。

4_13th_feb_2008

明るい紫色の胡蝶蘭です。

13th_feb_2008_17

明るい黄色の胡蝶蘭です。

3_13th_feb_2008 青色の花や多彩な色の花を付けたバンダ属のランです。

13th_feb_2008_16

バンダ属のランが煌びやかに咲いています。

1_13thfeb_2008 カトレア属のランで、ランの女王と言われています。

2_13th_feb_2008_2カトレアの花で、とても綺麗です。

13th_feb_2008_19 白色のカトレアです。

13th_feb_2008_18 余り綺麗とは言えない、コウモリランで、昔、母が育てていた事を思い出しました。

13th_feb_2008_21 ソ-セジノキと言われ、食用に不適切ですが、皮膚病に効くとアフリカでは利用されている様です。   

             

13th_feb_2008_20ロ-タスポンドと名が付けられたハスの池で、日本語を英語にして付けた安易に名前でした。でも池と庭が上手く調和がとれていて、気持ちがゆったり出来ます。

                            

13th_feb_2008_22 遠見台と名付けられた、この塔は、まるでバベルの塔の様で、高さが36mあるそうで、何人か登ろうした様でしたが、あきらめて戻りましたので、頂上まで上がったのは、私だけでした。ものすごい風で、そうまるで台風に遭遇した感じで、体が飛ばされそうでした。でも、頂上から見た南国の海は素晴らしかったです。  

 

2  何と素晴らしい眺めでしょう。 白い雲、紺碧の海、真っ白な波、南国の海が一望出来ました。 急いで、定期観光バスに戻らなければなりません。 まだ、バス見学ツア-は続くのです。  

                 

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一人旅 in 沖縄 (5)-2

13th_feb_2008_12 万座毛(まんざもう):バスが途中下車をしてこの観光スポットをガイドさんが案内をしてくれましたが、波しぶきを強い風が運んできますし、風も冷たいので、早々に引き揚げました。 琉球王国の国王が立ち寄った際に、「万人を座するに足る」と賞賛した事が、地名の由来との事で、毛は原っぱを意味するそうです。 この展望台の広場から断崖絶壁を観ると、まるで象の頭と鼻の様に見えますが、自然の悪戯ですね。

13th_feb_2008_2 昼食:バスツァ-にセットされた、昼食を戴きに、チサンリゾ-ト沖縄の玄関前にバスが停車してから、32名の昼食がすでに、テ-ブルに並べられていました。 

沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館とランを展示栽培している、熱帯ドリ-ムセンタ-とは隣接していますが、この広大な敷地にある海洋博公園内を、無料の連絡ミニバスが頻繁に巡回しています。 此方での観光時間は、80分ですので、両方を見学される場合は、駆け足で観られる様になりますので、宜しくお願いしますとガイドさんの説明がありましたので、昼食を一番先に終わり、コ-ヒ-のサ-ビスをお断りして、直ぐに水族館へ早足で出掛けました。

13th_feb_2008_3 美ら海水族館:1975年に開催された沖縄海洋博博覧会会場の跡地に海洋博公園が建設れて、その公園内に、2002年に美ら海水族館が新設され、世界最大規模の巨大水槽に、これまた巨大なジンベイサメら沢山の種類の魚類が回遊しています。

13th_feb_2008_4 水族館側からは伊江島(いえじま)が見えますし、艶やかな海水と波が印象的でした。

13th_feb_2008_5 観光客の頭部が写っていますので、ジンベイサメの大きさが判ります。全長は14mで、巨大な水槽の中を悠々と泳いでいますが、躾られている為か、どうか判りませんが、水槽を時計回りに回っていますので、少し待つと再び、雄大な姿を現します。

13th_feb_2008_6

エイの種類で、最も大きくなり、通称「マンタ」と呼ばれていますが、正式名は、オニイトマキエイで、頭部に特徴があります。

13th_feb_2008_8他のエイの種類で、オグロオトメエイ(手前)とヒョウモンオトメエイ(後ろ)です。 上部にはマンタの頭部が写っています。

13th_feb_2008_7鼻先が尖っているので、テングダイと命名されています。

水槽内を暗くしていますので、フラッシュをつけました。

13th_feb_2008_9 アジの種類の最大種で、体重が30-40kgまで成長するそうで、食欲も旺盛で水槽内の小魚も食べたりするそうです。刺身にしたら相当な量が出来そうですが、大味(おおあじ)な事間違いないです。だって、大きいアジですからね。

13th_feb_2008_10 ハマクマノミです。

13th_feb_2008_11 内地で捕獲されるなまこと、随分異なりますね。

駆け足で回り、次はランが咲いている熱帯ドリ-ムセンタ-へ移動します。

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2008年2月12日 (火)

一人旅 in 沖縄 (4)

112th_feb_2008 那覇市首里城:沖縄県には、琉球王国時代に建設されたグスク(城)が15あり、最も有名な城が首里城で、多くの観光客達で、通年を通して賑わっています。 正殿をバックにしてひっきりなしに記念写真をとっています。 肖像権の問題もありますので、カメラのスク-リンの中に、誰も入らなくまるまで随分待ちましたが、幸いにもシャッタ-チャンスがありました。 建立された年代は不明の様ですが、 1453年に王位継承の争いで1回目に消失し、1660年に失火により2度目に全焼し、1709年にやはり失火で、3度目に正殿、南殿と北殿が全焼しまい、その後に、1945年に沖縄戦で米軍の集中砲火をあびて4度目の焼失でした。米軍の猛攻撃で首里城は完全に灰塵になってしまいました。 その様な悲しい歴史を持つ首里城は、1986年に、沖縄復帰記念事業として、その跡地を国営沖縄記念公園として整備することが閣議決定され、その後の1992年に見事に復元されました。

12th_feb_2008 正殿内部:台湾など見られるように、煌びやかな絵柄と色使いですので、琉球王朝が、当時の中国の影響を大きく受けたと見る事が出来ます。

12th_feb_2008_2 首里城花祭り:2008年1月28日より2月21日までの期間に花祭りが開催されてました。

Photo 守礼門:門に飾られた額には「守礼之邦」と書かれ、その意味は「礼節を重んずる国」ですので、私もその様に努めなければと思いながら、門を後にしました。  当時の琉球王は中国からの使者をここで迎えたとの事で、礼節を重んじた事を王が自ら示しました。

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2007年11月28日 (水)

マレ-シアでの定住考

これからロング・スティヤ-を目指している方々は、マレ-シアの沢山のメリットや素晴らしさを、ご存じですし、ガイド・ブックにも記載されていますなので、それらの事は、ここで省略致します。私は、あえて、その事に対する問題提起として、私が滞在を繰り返した経験と感じた事を今回まとめてみました。勿論、間違った認識があるかもしれませんが、此方で生活するには、それらの項目の検討が必要ではないかと思うからです。

皆さんがご存じの、あの素晴らしい本の内容に、魅せられて、マレ-シアでの定住の可能性を求めて、昨年から、単身で2週間程度の滞在を始め、今年もKLとペナン島にそれぞれ2週間滞在してきました。今回も、KLのMid Valleyのホテルに11月2日より滞在中(途中でマラッカに1週間ほど滞在しました。)で、30日に帰国した後に、下記の項目について家内とよく話し合いをし、私達自身の結論を出さねばなりません。

賞味期限:マレ-シアのクアラ ルンプ-ルにある日系ス-パ-の店頭に並んでいる豆腐を買いましたが、生産地はシンガポ-ルで、豆腐に印刷してある、賞味期限は、買った当日の日より1ヶ月先の刻印が打たれており、日本の感覚とは、かなり異なる事を知りました。ホテルやレストランでで店屋物だけを食べて、観光客として滞在していると、この様な事は判りませんので、やはり自分の目で確かめる事も必要です。再度、11月26日に同じ銘柄の豆腐を買いましたが、BEST BEFORE:02/01/2008と印字され、来年1月2日の賞味期限になっていました。従って製造日より数えると賞味期間は、約40日弱と推察されます。(勿論、日本食コ-ナ-には、それなりの豆腐が置いてありますが、私は出来るだけ、値段の安い食品を探しました。)

経済飯:タイ米飯を大皿に盛り、好きなおかずを4-5品程度載せたRM5-7程度の経済飯は、食生活では、とても経済的でしかも美味しいですが、大体、どのおかずも、油を使っていますので、油脂分を過剰摂取してしまうので、充分にカロリ-計算をしないと、成人病を持っている私の様な人は、健康管理に充分な注意が必要となります。私の場合は、夕方は、ホテルで、トマトと豆腐と鯖缶と、そして総合ビタミン剤などのサプリメントで不足分を補ったり、ウォ-キングをしてバランスを保つ様にしています。でも、いくら美味しい言っても、毎日では、飽きがきますので、日本食やラ-メンや餃子も食べますが、日本での支払いと同じくらいですかね。でもアルコ-ル類は、ス-パ-でもレストランでも、確実に日本より高いですが、目安として日本の倍くらいになるでしょうか。

食品の品質:沢山の野菜や果物が、海外に依存している事が、ス-パ-で、品物を手にとって、ラベルを読むとよく判ります。近海の海はすごく濁っていますので、海水の質が良くないと思われますが、そこで採られた魚又は、養殖された魚も沢山店頭に並べられています。(クムタ島では、養殖された魚が、KLに運ばれ消費されていると聞きましたので、訪れました。海水が余りにも濁っているからなんですが、ウ-ンと唸ってしまいました。) やっと有機野菜に感心が持たれ出した様ですが、まだ、まだ、小さなコ-ナ-に少量置いてありますが、量も少なく価格も高い為に、余り売れていない様です。残留農薬の検査が、マレ-シアで行われているか、定かでは、ありませんが、この事を懸念して、此方に定住されている、ある日本人の方は、野菜や果物を洗い桶に入れて、30分ほど付けておくそうです。

飲料水:私は、ホテルの水も、フ-ドコ-トの氷でも、下痢になったなったりした事はありませんが、長期的には、やはり健康上抵抗があります。ホテルの湯沸かし器にホテルの水を入れて沸かすんですが、ほんのりと色が付いているのが判ります。その為に、中級以上のホテルでは、ペット・ボトル入りの飲料水を無料で提供しています。定住となれば、酸素ボンベの様な大きな浄水器が売り場で展示されていましたが、ある程度の容量の浄水器が必要になるでしょうし、あるいは、又は、飲料水を購入し続ける必要があると思いました。

デング熱:都市部での発生率が高いデング熱の2007年の1-8月までの統計では、マレ-シアのデング熱感染者数が前年に比べて47.5%も増加と報じられています。私も蚊に刺されましたが、幸いにも異常はありませんでした。只、感染者の死亡率は0.2%との事ですし、勿論、発熱したら、病院へ行く必要はありますが、過剰な心配はいらないかもしれません。

犯罪:スリが沢山います。私も今年の1月のkL訪問時に、帰りの航空券をバックからすられてしまい、1万円支払い、再発行して貰いました。 又、今年の4月のロンドン訪問時にも現金をバックから抜き取られました。いずれの場合も、すられた事は後から判る様な鮮やかな手口です。海外では、スリに遭遇する確率は、ものすごく高くなる事を実体験から学びました。
いろいろと対策をして、今回の28日間のマレ-シア滞在に臨みました。あの高いココナツの木に、サルの様に簡単に登る人もいますので、かなり高層ビルのコンドミニアムの窓から侵入されてしまい、泥棒の被害があったそうですから、例え高層階と言えども、窓には格子が必要みたいです。地元の南国新聞を読みますと、日本と同様に犯罪が多発しています。

銀行:KLのある銀行では、ビザなしでも、口座開設が可能な事が判りました。(ある銀行のお客相談窓口に行き、担当者にその旨の話をしたら、彼の上司を紹介しくれました。ある程度まとまった金額なら開ける様ですが、円口座は扱っていないと事でした。) 日本から送金して、リンギットやドルやポンドなどの外貨にして、定期で運用した利子を日本に送金すれば、やはり雑所得になるでしょうし、口座を解約した場合に、日本の取引銀行に送金すると、新たに所得になるので、その為に税金がかかると思います。(すでに所得税を納めたお金を送金して、利息を増やす為に、マレ-シアの銀行に送金し、ある時点で口座の解約をして海外送金すると新たな所得税とみなされると思うんです。それと確か200万円以上の海外送金は、各国内銀行は、その事をまとめた書類を関係先に送付する義務がありますし、税金を支払わなければなりません。) それの上に為替リスクもありますから、マレ-シアの3-3.9%位の定期金利は魅力で、マレ-シアで定住するには、とても魅力的な金利ですが、その恩恵を日本で受けるのは、無理の様です。ですから、国内で外貨預金をした方が有利になるかもしれません。

各種料金:電気、ガス、電話等の料金は、日本の様な自動振り込み制度は、無い様ですし、きちんと、関係窓口に支払いをし続けなければなりません。ゴミの出し方と家電の故障とか上下水道の不具合とか、日本国内で電話一本ですぐに飛んできますが、此方はマレ-シアですから、いらいらしながら待たされる事もしばしばと聞きます。

歩道状況:車道は、片道5車線もあったりと高速道路も完備されており、道路網は良いと思いますが、交通マナ-が日本と異なりますし、ウインカ-を点滅せずに、高速で曲がってきますし、オ-トバイもしかりで、道路の横断には、とても危険が伴いますので、足の良くない人は、タクシ-か車での移動になります。まして車いすは、全く無理です。ペナンもKLも大きな街での自転車で走る事も大変危険ですので、お勧め出来ません。タクシ-も、まず行き先を告げてからの値段交渉ですから、近場の場合、拒否されるか、相当高い値段をのむか、何回も他のタクシ-に交渉する羽目になります。勿論、お抱え運転手を雇える人は、そんな問題からは解放されますが。 

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2007年9月29日 (土)

懐かしい友達との宴

宴:今日は、昔の仕事仲間でもあった友達との懐かしい再会の為に、巨大ホテル、ホテル・ニュ-オタニのメインロビ-で午後5時の待ち合わです。オランダから来日し当ホテルに滞在している、Janさんと横浜に住んでいるYoshiさんとの再会なので、とても楽しみです。

29th_sep_2007_3 さぬきうどん:午前中に家を出て、Akiba(秋葉原)のヨドバシカメラのビルに立ち寄る前に、昼食を摂る為に、JR秋葉原駅構内にあるフ-ド・コ-ト(うどんや、そばや、ラ-メンや、おにぎりやの4店舗)で、うどんを注文し、トッピングは、いわしのすり身のてんぷらとレンコンの天ぷらにしました。 だしは関西風で、透明な汁がかけられた、しこしこのうどんが器に入っています。昔、仕事で度々四国を訪れましたが、昼食には何時も、さぬきうどんを良く食べた事を思い出して、大変懐かしい思いがしました。駅構内のそのうどん味の評価は、勿論、歯ごたえがあり、汁も大変美味しかったですので、又Akibaiに立ち寄る時は、うどんにしたいと思いますが、健康の事を考えると、そばが良いので、もしかしたら、この次はそばやに立ち寄るかもしれません。(笑) 
土曜日の為でしょうが、ヨドバシ・カメラのビル内にある、ゲ-ム・コ-ナ-で、その支払いの為に、50人位の長蛇の列が出来ていました。私は、それを横目で見ながら、誰も並んでいない他の勘定台で、旅行用の鍵を支払いました。そしてそこから移動して、自転車コ-ナ-で、いろいろ見たりして、情報集めをしました。ロ-ド・レ-ス用を買い換えたく思っています。(ネットで数ヶ月前に中国製を買いましたが、10回程度乗ったら、後輪がパンクしました。チュ-ブを取り出して調べたら、3cm程度の亀裂がありました。異物によって出来た穴ではなく、微妙な伸縮によって劣化して切れた感じです。粗悪な材料のゴムが使用された為と思われ、まさに、「安物買いの銭失い」の結果でした。その中国製は3万円台でしたが、良質なロ-ド・レ-ス用自転車は5万円以上出さないと駄目ですね。今はママチャリで、サイクリングをしています。) 
我が家の縦型の全自動洗濯機は8kgまで洗濯が出来るんですが、2年ほど前はこの大きさが最大でした。電化品コ-ナ-では、今は10kgが展示されていました。ただ、どの大型の10Kg洗濯機も、洗濯物を入れる入り口が小さく、大型毛布を洗うには難しいと思いましたし、穴が開いたドラムの外側に、洗濯カスやカビが付きますので、カビ取りの為に洗浄した後に、しばらくの間、洗濯物が汚れてしまいます。その為に穴が開いてないドラムを使用している洗濯機を我が家では使用しています。私は、趣味の範囲で洗濯も炊事もしますので、展示してある洗濯機を見たり、これから買いたい土鍋の電気がま(6万9千円位ですが、昔のかまどで炊いたくらい美味しく炊けて、おこげも出来る様です。)を触って見たり、本屋さんも大フロァ-に沢山の書籍を陳列してありましたので、時間つぶしには、ヨドバシ・カメラ・ビルは良いですね。

29th_sep_2007_2 アイス・ココア:歩き疲れたので、喫茶店で、アイスココアを注文し、一休みしましたが、マレ-シアに比べると、値段は60%程度高く、量は半分以下でから、相当高い感じです。
画家の名前を付けた、その喫茶店を後にして、メトロの秋葉原駅(日比谷線)に行き、そこから、銀座駅乗換えで、虎ノ門駅(銀座線)で下車しました。約束の時間よりまだ1時間早いので、赤坂見附まで歩こうと思った訳です。私が28歳まで、5年間通った地域ですので、どんな変貌を遂げたのか興味がありましたし、良い運動にもなるからです。町並みを歩いていると、S中華飯店が無くなっていたり、A航空会社の事務所が移転したり、いろいろな店舗も出来たり、ホテル・ニュ-ジャパンの跡地には、立派なビルが建ったりと、年月が過ぎた事を感じました。

当ホテルのロビィで待っているとJanさんが現れ、30年ぶりの再開です。心臓のバイパス手術を今年1月(オランダで、リハビリの為に、私の4月の渡英の際にロンドンではお逢いする事は出来ませんでした。)にしたとは思えない位に、元気はつらつで、硬い握手を交わしました。あの後にすぐYoshiさんに何年ぶりかでお会いする事が出来ました。

Raw_fishes_29th_sep_2007 串焼き屋:三人で歩きながら、赤坂の繁華街に出て、串焼きのある店に入り、串焼き、刺身の盛り合わせ、銀杏、塩漬けイカのぶつ切りを注文して、生ビ-ルと芋焼酎で、乾杯して呑み始めると、すぐに昔の自分達に戻っていました。タイム・スリップ・マシンが無くても、逢って少し話し出せば、すぐに昔の時間に戻れますし、昔の事は鮮明に覚えています。当時いろいろな人達と関わっていましたが、彼らの名前も会話にすらすらと出てきました。私達の会話の90%は英語ですが、Yoshiさんは、苦学して米国大学を卒業していますから、英語を大変流暢に話しますが、酒が入ると、やたらと早口になります。

Jan_yoshi_and_me_web_small_29th_sep ご両人に私のブログの話をし、写真の公開の了解を頂きました。
私より3歳年上のYoshiさんも定年退職していますが、シニァの俳優養成学校で勉強し、エキストラの仕事があるそうで、そんな説明をされていると、偶然にも、仕事の依頼のメ-ルが入り、都合の問い合わせでした。明日の午前6時20分の集合との事で、朝が早いですが、勿論行かれると言っていました。
Janさんも退職されましたが、東京やカナダでも長く働いていましたし、英語も母国語並みです。現在は株の投資をしている為に、小泉前首相の再出馬はどうだったのか、安倍前総理の辞任内容はどうかについて、Yoshiさんの概略の説明を受けて、私が安倍前総理の辞任の裏話も簡単に付け加えたりと、話は盛り上がりました。その後も雑談は続き、あっという間にお開きの時間なってしまいましたが、とても楽しい宴でした。又の機会を作ってもらい、今度はカナダ人のBillさんも参加してもらうと、皆も大変嬉しいとの事で、写真を彼に贈る事にしました。
Janさん、Yoshiさん有り難う。

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2007年7月24日 (火)

水と生活

関東地方は、まだ梅雨明けには、時間が掛かりそうですが、今朝は、やっと青空が見えましたので、暑くなりそうです。私達家族が、茨城県の利根川近くに、30年ほど住み続け、その敷地に植木を植え続けたら、畑をする場所が、無くなったので、その為に、現在の広い農家跡地(273坪で田舎なので価格は相当安いです。)の中古住宅地に引っ越してから、今月で4年目になりました。茨城県の自宅でも、現在の自宅(我が家の近くに造り酒屋があり、100m位しか離れていませんので、この中古住宅の購入の要因の一つになりました。つまり、蔵元がある事は、良い水があるに違いないと推察しました。勿論、保健所での水質検査後に、購入続きをしました。今も癖のない井戸水を毎日利用させて頂いています。) ずっと、我が家では、井戸水を34年間も利用し続けています。勿論、井戸水をくみ上げるポンプの故障、雨不足、日照り、地震等の非常時に備えて、PETボトルに入った飲料水を台所の隅に備蓄していますし、庭には古井戸もあります。ガチャポン(手押しポンプ)も買ってありますので、古井戸を掃除して、ガチャポンを取り付けしたいと思っています。我が家の東側の隣家では、水道も利用していますので、必要の際には、100万円位かければ、水道も引く事が出来ますので、我が家の一番の心配と言えば、津波でしょうか。
昔の日本では、安全と水はタダと言われ、水を国内販売しても、ビジネスとして成り立つのかと思われましたが、自販機が増え、PETボトルの利用も拍車をかけ、立派な商売として成長しました。
多くの食料品や加工品が、海外から輸入されて、現在の私達の暮らしがあります。その一部である農産物は、年間3000万トンを輸入しているそうですが、米を1トン生産するのに、250トンの水を必要とし、麦や豆で1000トン、肉は7000トンもの水が必要との事で、輸入された農産物の3000万トンの生産には、生活用水が580億トンが必要で、その為に海外の生産用水をも、間接的に消費していますので、炭酸ガスの排出規制と同様に、水の規制も始まっていく可能性もある様です。
緊急レポ-トに書かれている、その様な事柄や、世界的にも異常気象の為に、水不足の範囲は益々広がり、水の争奪や紛争に世界的に繋がっていくと考えられます。
又、今話題の、中国食品ですが、農産物に大量の農薬や添加物や薬剤も使用しているし、中国全土の河川の6割が水銀などの重金属ゆ農薬に汚染されているとの事ですから、当然生産用水も汚染されていると考えるのが自然で、しかも農薬、添加物、薬物漬けですので、弁当などののコスト・カットの為に、使用されている中国食品は、要注意が必要です。

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2007年7月13日 (金)

企業モラルとコスト・カット

北海道苫小牧市のM社が作った牛肉コロッケ事件が、TVで報じられ次々と悪事が明るみになり、立ち入り検査もされたりと、その事で驚愕していたら、何と中国では、ダンボ-ルを増量剤(4O%入り)として入れた肉まんが売られ、中国政府がそれを摘発した内要を中国TVが報じていたのを、日本のTVがその内要を日本語の説明入りで放映していました。諺に、羊頭狗肉(看板には羊の肉を出しておき,実際には狗(犬)の肉を売ること。)というのがありますので、肉の種類を偽って売る事は、古今東西どこでも、きっとあったのでしょうが、最近のニュ-スは、あまりにもひどすぎます。
ダンボ-ルを増量剤(4O%入り)した肉まんを作っていた本人は、いろいろと研究して、6:4の比率が一番良いと説明し、混入したのはなぜと聞かれると、コスト・カットと言い、まったくわびれたそぶりも見せませんでした。この言葉で思い出すのが、コスト・カッタ-と呼ばれた経営者の下で制作された車の完全対策が犠牲にはなってないと思いたいですのですか゛どうでしょうかね。
今は、香辛料や製造術も発達して、人間の味覚や嗅覚では、とても判断が出来なくなっていますので、肉の種類を特定するにはDNA鑑定しなけば、判らないそうで、大小問わずに多くの企業体質は、すでに企業モラルは低下又は、又は全然無い企業に変質しており、それらの企業が依然として活動していますので、監視体制の強化が更に必要と思います。石川五右衛門も最初から大それた悪人ではなく、小さな悪事を重ねた結果ですし、米国のニュ-ヨ-クで取り組んだのが、小さな悪事を徹底的に取り締まった結果、犯罪率が低下したとの事もありますので、小さな悪事を見逃すと、更にエスカレ-トするので、企業も不良も同様で、小さい悪事を徹底的に取り締まりる事が、やがては社会の改善に繋がると思います。
私は、長く英国系会社に働いていましたが、年配の英国人達は、ハンバ-グにはどんな肉が使用されているか判らないからと言い、国内出張を一緒にしている時も、決して食べませんでしたが、時が移り、彼らが世代交代して、中年の英国人達が来日し、一緒に出張している時にも、多くの中年の英国人達は、あまり気にせず挽肉料理を食べていました。英国でも、増量剤として、安い鳥肉やその他の肉を入れていると思いますが、羊や牛の病気も気になるので魚の缶詰(ツナ缶や鰯缶)でサンド・ウィッチを作り子供達に食べさせているとか、彼らと世間話をした事を思い出しました。

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2007年6月 7日 (木)

PHS電話

東京の阿佐ヶ谷で一人暮らしをしている娘と家内が何時も長電話をしているので、半年前に娘用と家内用と私用にと3台のPHS電話を私の名義で購入しました。PHS同士だと、無料通話になるからとても経済的なのです。勿論、以前は他社の携帯同士での長電話ですから、電話料金もかなりの支払いを娘がしていました。今では、娘は、自分の携帯で、なるべくメ-ルで、友達同士との連絡をして、通話料金を下げる事に努力をし、PHS同士間で電話する様になりました。私がそれらの3台のPHSの支払いをしていますが、60歳以上の年齢ですと、3台まで、基本料金の割引があります。私の場合はそれに該当しますので、PHS電話3台で毎月合計約8000円弱程度です。先日、娘からそのPHS電話をトイレに落として、故障したとの事で、東京の量販店に出向かせ、修理の依頼を指示しました。その店では、修理代が高くなるし、修理の場合は、直接PHSのお店の持ち込みになりますと、売りっぱなし体制になっている様で、新規機種の場合、3万円位との娘の返事でしたので、そのまま何もせずに、帰宅させて、我が家まで、その故障したPHSを送らせました。その送られたPHSを持って、その経緯の説明とどうすべきかを聞きに、過日購入した量販店に立ち寄りました。その結果、今日、新規に申し込みをして新たに購入しました。(故障したPHSの解約を自分で処理をする旨の説明を受けて、新たにPHSを1台を契約し、そのPHSを購入しました、当然電話番号も変わりますが、古いメ-ルアドレスが使用出来るかは、聞き忘れました。) 一番安いPHSで、2940円で、070以外の電話に使用する場合の1000円分として、1050円/月使用料金付きです。オプションなのに、量販店で電話の購入と抱き合わせで販売しています。そのオプションを拒否すると、電話購入代金は、5000円以上になると事で、抜け道は、1ヶ月後にそれを解約する事が出来るとアドバイスをしています。それで、その件でPHSの会社に直接問い合わせると、その抱き合わせ販売をすんなりと認め、もし不必要なら、1日経ってから解約してほしい旨の説明がありました。カタログには、はっきりオプションと書かれていますが、そんな販売をしています。他社に比べて、確かに価格が安いのは、評価する事は出来ますが、販売方法に問題ありです。故障した電話は、Mottainaiのでリサイクルの為に、直接、会社の支店に持ち込みする予定です。新しいPHSは、6月12日より2泊3日で、母と娘が箱根の温泉へ行くので、その時に娘に渡す予定です。 私は、これから1泊2日で東京に行き、今晩のうるま会の飲み会に出席します。ロンドンで大変お世話になったMさんの一時帰国歓迎会も兼ねています。勿論、ロンドン・マラソンを完走された先輩も出席し、総勢14人程度になるので、きっと赤提灯の小さな店は、貸し切り状態になりそうですが、ゆっくり親友達や旧友達や先輩達と語り合えるかどうか心配です。(笑)

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2007年6月 5日 (火)

Mottainai

5th_june_2007 滅多に、昼と夜に同時に外食はしないのですが、昨日の昼は、ホテルのレストランで昼食して、夕方に鰻屋の神もんさんで夕食をしました。以前は、タクシ-を自宅まで呼び、神もんさんへ夕食しに行きましたが、健康とMottainaiので、1.5kmの距離を歩いて行ってます。何時もの様に、冷酒、八海山(瓶入りの300ml)を頼み、鰺の南蛮漬けと焼き鳥(庭鳥)2本を食べながら、刺身盛り合わせ定食を待ちました。 家内は、海老フライ定食でしたので、3本の1本を私が戴きましたので、当然刺身が少し残りました。我が家では、レストランで食べきれなく、明日も戴けるのであれば、持ち帰る習慣になっています。それはMottainaiからです。なるべく食べきる量を注文するのに心がけていますが、たまに量が多くて残る事がありますので、その為に何時も持ち歩くディパックの中には、空のタッパ-が入っているのです。刺身の残り物を戴き、家内はコ-ヒ-、私が抹茶アイスそして10円饅頭を3コずつ戴き、帰りはタクシ-で帰りました。田舎ですので、滅多に夜道を徒歩で帰宅する人はいませんし、その為に自動車も速度を落として走ってはいない為に、かなり危険な夜道になるのです。そして今朝のみそ汁に入れる野菜は、蕗の茎、アシタバ、みずみずしくきゅうりの香りがするきゅうり、そして初物のナスが加わり、残り物の刺身(カンパチ、ヒラメ、甘エビとかつらむきの大根と食用菊1コと青しそ2枚の全部を使用しました)と鰹の煮物を入れますので、今日は煮干しは使いません。 きゅうりもナスも、私の根性の様に曲がっていますが、日の当たる側の外皮の成長が早く、葉っぱに隠れた外皮の成長は遅いので、当然、形が曲がって出来るのは、とても自然な事なのですし、野菜の周りの雑草もあまり抜きませんので、雑草に負けない様に成長するので、味も良いのです。 フランスのワイン用のブドウを農園主は、収穫量を増やす為に、ブドウの木々の間を開けて育てましたが、成功せずに、今度は、木々の幅を縮め、お互いの木々が生存競争しあい、その結果、収穫量も増えたと聞きます。これと同じで、我が家でも、野菜と雑草の生存競争させているのです。 それと雑草も炭酸ガスを吸収し、酸素を放出しているので、地球環境レベルでは、善玉なのです。 雑草は、野菜の生長にも良い影響を与え、炭酸ガスを吸収し、一石二鳥でしかも、私も庭の草刈りはしても草取りはしませんので、楽が出来るのです。

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2007年4月 4日 (水)

東京の19年ぶりの雪

19年ぶりに東京に雪が降ったとTVで報道されていましたが、霙と共に春雷がありました。その為に初夏の様な暑さから一転して、雪が積もっている地域もあり冬に逆戻りで、環境の悪化が益々顕著になってきました。

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2007年2月25日 (日)

今年の初氷

今朝は冷えて、庭の外に置いてある猫用の水入れの中の水が、今年初めて凍りました。朝のみそ汁の具に、庭にあるネギ、アシタバ、カラシナを採りましたが、葉類は凍っていました。やっと寒くなりましたが、すぐに暖かくなってしまうでしょうね。地元のホテルニュ-オオツカへ昼食しに出掛けましたが、改装中で3月31日まで休館でした。それで、少し離れた、T食堂で、トンカツ定食と焼き肉定食で、合計2080円で、まぁまぁの味でした。行きも帰りも自転車ですから、とても寒かったです。

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2007年2月23日 (金)

晴耕雨読

一日中雨で、晴耕雨読です。
ロンドンマラソンのメ-ルの返事を書きました。
納豆製造器が届きました。1200円程度で、写真から想像したより、かなり大きかったです。近々納豆を作らねばね。
神もんさんへ夕食を戴きにタクシ-で行きました。鰹の刺身、かき揚げ定食、カジキ鮪煮付け定食を堪能して、家内と私にそれぞれに、各自1コづつ寒天デザ-トまで、お腹はキンキンでした。

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2007年2月 4日 (日)

Tさんの退職祝い(杉田屋会)

Wさんは1年前に退職し、私も昨年に退職し、最後に残ったTさんも1月に退職し、3人共無事に退職まで勤め上げました。学生時代からの仲良し3人組で、WさんもTさんも、もう、お孫さんがおられますが、私達の娘は、未婚ですのでまだです。 そんな訳で、Wさんの奥さんの提案で、Tさんの退職祝いと労をねぎらって、横浜の野毛の中華飯店で、昼食会(杉田屋会)が開かれました。W夫妻は子供達とお孫さんとで、よく利用され、前評判は安くてうまい店との事でした。勿論、中華料理と紹興酒は大変美味しかったです。Tさんの義理のお父さんが長く入院され、いろいろと大変ですが、先月末で退職されましたので、少しは良い生活環境に改善されると良いのですが。 横浜に在住のWさん夫婦が、地元での昼食という事で、御馳走になり、Tさんにその後の喫茶店代を払って頂きました。W夫妻、Tさん、御馳走祖までした。その足で、宿泊先の横浜プラザホテルで、家内が買ってきた、おにぎりを夕食として頂きました。

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