日記・コラム・つぶやき

2009年2月 9日 (月)

再び沖縄一人旅 (6) - 2

座喜味城(ざきみぐすくあと・ざきみじょうあと)は、沖縄県読谷村にあるグスク(城)、2000年12月2日に、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。 座喜味城は、15世紀始めに、築城家の護左丸(ごさまる)よって築かれ、城壁は曲線にし、出入り口の門はア-チ型に作られました。 戦前は日本軍の砲台になり、戦後は、一時米軍のレ-ダ-基地になった歴史があり、破壊された城壁は1982年に修復が終わりました。 案内板の説明によって、この城跡にも、戦争の歴史があった事を知る事になりました。

Rimg0672 座喜味城跡の駐車場の案内板です。

Rimg0676 琉球王国のグスク及び関連遺産群が世界遺産になっている事を記した銘板です。

Rimg0678 松林を抜けると、大きな広場になり、その先のア-チ型の門にたどり着きます。

Rimg0680 広場からみた城壁と出入り口の門です。

Rimg0681 そのア-チ型の門に近づいて撮りました。

Rimg0687 城壁の高い箇所から、広い城内とア-チ型の門が見えます。

Rimg0689 城壁は石灰岩を切石積み方式で築かれていますが、岩と岩の間に可憐な花が咲いていました。

そして、バスは、座喜味城跡を後にして、Gala青い海へと移動しました。

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2009年2月 8日 (日)

派遣労働者の解雇

派遣労働者の解雇:

ある自動車部品メ-カ-の社長が嘆いていました。 

人をモノとして扱い、安い外国人労働者、特にブラジル人の人達を大量に雇い入れ、増産してきましたので、飛躍的に利益が増えていましたが、今は、減産と不良率の増加でダブル・パンチになっているとの事で、以前は正規社員たちが、QC(品質改善)活動によって、改善の為の提案などを行い、不良率を下げてきたのが、派遣社員の増加により、その様な活動も停止され、いつの間にか、不良率が上がり、後悔している様(さま)をテレビで写していました。  他の企業も、CD(コスト・ダウン)運動、ゼロ・ディフェクト(不良率ゼロ)などを実施しながら、高品質な製品を製造してきましたが、日本でも昔は、見習いから入り、伝統技術を先輩から、様々な形で教わり、技術が伝承されてきましたが、その様な人材の育成には、コストと時間がかかるとばかりに、多くの日本人の経営者達も、給料を下げる事が出来る派遣社員に切り替えたい思いと、米国から強い要望があった規制緩和を小泉政権が、製造企業への派遣社員の拡大を図った為に、多くの日本企業は、競争して、正社員から派遣社員に切り変えていきました。 (「小泉政権の規制緩和で五年前、「労働者派遣法」が改正され、派遣の範囲が製造業にまで広げられたことが背景にある」-2009年1月8日付けのネット上の中国新聞の社説の一部を抜粋) 

たとえ、セイフティ・ネットが社会的に充分に張られたとしても、モノ作りの日本、高品質の製品を供給する日本に戻るにのは、大変な時間とコストがかかります。 部品の品質低下は、事故の頻度も上がり、販売量も低下し、その先は自滅への道を歩むのみですから、これからは、経営者達は、企業利益も正社員も、両輪と思い、どちらの車輪でも調子が悪ければ、将来に向かって前進は出来きない事をしっかりと自覚してもらいたいと思います。

リストラとは、再構築(restrucuturing)の意味で、従業員の再教育を行い、現事業を見直して、新事業で再度働いてもらうのが、リストラの本来の意味なんですが、何時の間にか、日本のマスコミが、解雇や首切りの意味に使用されだしました。 解雇や首切りによって縮小も多大な被害が及びますが、いきなりの工場を閉鎖したり、将来に必要な開発費の予算を削減して、株主には配当金を相当増やした企業もありますが、近い将来は、今の米国の自動車会社のビッグ・スリ-と同様に、吸収されるのか、或いは消滅する可能性があります。

商品とは、開発期(誕生)、成長期、衰退期と、人の命と同じ様な成長パタ-ンを作りますから、必ず、次世代製品を平行して開発をしていかないと、必ず自滅してたり、吸収されてしまいます。 だからこそ、技術や品質や未来への投資が大切で、その基本をあえて削減している経営者は、長期的に株を保有している株主への背任行為に近いと思うのです。

私が学んだ工業高校では、「工業経営」という教科があり、10代の脳みそは、インクが吸い取り紙に吸収する様に、知識を吸収するもので、その教科書には、如何に経営をしていくべきかが書かれておりそれらの知識やその後の社会経験に基づき、転業の為に直接雇用された英国企業が経営する工場の製品の品質のバラツキ低下対策に奔走し、安定雇用の確保をする様に迫ったり、経営者の刷新も働きかけ、更迭された後の新社長と共に、旧体質の英国工場長も更迭し、米国工場から新工場長を向かえ、品質管理部を独立組織にして再編成してから、徐々に品質のバラツキや納期遅延も解消していった、やりがいのある仕事をさせてもらう機会を頂きました。 

企業は人なりで、モノ扱いでは、企業の存続はありえません。

又、企業は、ピラネッド形の組織で、頂点が社長で、底辺部が正社員で成り立っていますから、正社員を大事にしないと、これから日本も中国の様に、サボタ-ジュが発生したり、品質の低下も引き起こしたりして、崩壊してしまう事を肝に銘じ、経営に携わってほしいものです。 経営者は、高額所得者でから、その働きがなければ、泥棒に等しい卑劣な人に成り下がってしまいます。

米国の共和党の政策によって、市場放任主義になり、自由競争こそが、アメリカン・スタンダ-ドとして、多くの国々が取り入れましたので、隣国の韓国でも、派遣問題は、日本より深刻の様です。

日本では、どの様にして、派遣切りへとなっていったかの総括を踏まえて、下記の様に、私の過去の日記を修正し、加筆をしました。

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日本を変えてしまった根元的な原因は、米国からの要求に沿って変革して来た事につきます。

では、米国は、日本に対して、どの様な方法で、米国が要求をしてきたのでしょう。

具体的には、日本の外務省経済局長と米国通商代表とが、日本の要望書と米国の要望書を両国間で、毎年、それぞれを交わして持ち帰ります。

米国の政権は、外務省へ日本政府がとるべき細かい内容が書かれた要望書(年次改革要望書の事で、正式には「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書」(The U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative)を、毎年、提出していますが、その内容は、日本に対して、内政干渉と思われるぐらい、きめの細かい米国の要望が書かれ、そのガイドラインに沿って、日本の与党が、その為に、法律を改正をしてきました。

米国の国益から見た、日本の規制や制度の改善を要求するのが、年次改革要望書で、日米間の貿易不均衡の是正が日米構造協議ですが、その会議の発足前に、中曽根元首相時代に、貿易不均衡の為に、ジャンボ機2機を日本が買って日の丸のマ-クを付けて、政治家の外遊と皇室外交に利用しています。

この間、政界を引退した、野中広務(のなかひろむ)さんは、元衆議院議員で、当時は官房長官もした人ですが、最近のテレビのインタビュ-で、この「年次改革要望書」の存在を知らなかったと言っています。 

政界を引退したので、嘘を言ってない様な気がしますが、もしそうならば、官房長官がその内容どころか、その存在すら知らなかったのは、外務省が実質的に外交のリ-ダ-シップをとっていたからと、私は推察するのです。

郵政民営化は、国内問題と思われがちですが、EU(EUも同じ様な要望書を提出しています。)の要望でもあり、特に米国からの要望でもあった訳で、ライオンのたてがみを振り乱しながら、その推進役をしたのが、小泉元首相と竹中さんでしたので、小泉さんは、ブツシュさんの大歓迎を受ける事になりました。(トンボめがねをかけて、プレスリ-の唄と思いましたが、口ずさみ、ご機嫌なシ-ンがテレビで放映された事を覚えている方もいると思います。 小泉元首相は、第88代・第89代内閣総理大臣を勤め、在任期間は2001426日から 2006926日まででした。(200567日の衆議院郵政民営化特別委員会で、当時の竹中平蔵郵政民営化担当相は、郵政について日本政府は米国と過去1年間に17回も協議したと答弁しています。)

多くの国民が巨額を貯金していた郵政事業を民営化させて、その預貯金を主に米国に投資させる目的の要望でしたし、国民の怒りに火が点かない様に、マスコミの使い方が上手い小泉首相とその政権は、マスコミ対策や反対する評論家のテレビ出演停止などをして、用意周到な準備をしていました。

まだ、多くの有権者の人たちに、人気がある小泉さんですが、二世議員を出す、他の政治家と変わらないし、彼の規制緩和によって、一部の金持ちと、大多数の生活苦にあえぐ家庭を生み出した事を考えたら、なぜ人気があるのか不思議でなりません。

米国のシンクタンクは、日本経済の強さは、年功序列と終身雇用にあると分析し、日本の政治家によって、1999年の労働者派遣法が改正され、日雇い派遣が原則解禁となり、さらにその後に、改悪されてしまいました。

これが今のワ-キング・プァの人達やネットカフェ難民を生み出した、最初の原因なんです。 

米国のその要望書で、特に印象に残ったのは、ポテトチップスの項目でした。

その要求書の内容の一部には、日本のポテトチップスの消費者の利益の為に、生のジャガイモを輸入する事をあげています。

泥が付いた作物は、日本に輸入禁止のはずですが、農水省はあっさりと許可を出して、米国から輸入されたジャガイモが、広島の最大手の工場でポテトチップスに加工されて、日本人の消費者、特に子供達に食べられています。

船便と思いますので、船内で農薬ガスが使われている様な気がします。 

年次改革要望書などのガイドラインに基づき、大豆も小麦も自由化し、肉の関税引き下げなどの政策を実行してきた日本の与党の政策の結果が、今の時代に反映しています。

日本は、米国の傀儡政権(かいらいせいけん)国家として、海外に写ってしまいますし、日本国民の意識の低さが、今の政治家を生んでいますので、国民の意識改革が、最大のカギです。

金融も産業も、ほとんど規制をしないで、拝金主義者や個人主義者によって、自由に市場経済を運営させた結果が、今の米国の姿で、欧米をお手本にしてきた諸外国も、日本と同様に危機に直面しています。

この様な危機が再び直面しない様にするには、日本も諸外国もブータンの人達の様な優れた価値観を素直に学ぶべきと思います。 ブ-タンは「国民総幸福量」の概念を提唱し、金銭的及び物質的な豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさの幸福を目指すべきだとする考えで、生活を目指していた国王が、規制緩和の道を歩みだすとしたら、他の多く国々が犯した間違いを、ブ-タンでも起きてしまうかもしれません。

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日本の昔を振り返ると、日本の多くの企業が運動会を従業と家族や地域ぐるみで共同主催をし、先輩が後輩を育成し、家族主義的な経営方針を続け、地域の住民と一緒に企業を育てていたからこそ、日本は、世界品質No.1の評価を受けた訳ですが、その反面、多くの社員は、企業戦士になり、大切な家族団欒の時間を減らした弊害もありました。 だからこそ、日本型の年功序列や終身雇用も含めた全てを、否定するのでなく、古きものに、新しいものを取り入れた「バランス」が必要と思うのです。 

お神輿は、1/3の担ぎ手が担ぎ、1/3が、担ぎ木に触っているだけで、1/3がぶる下がっていると言われ、でも、うまくお神輿を担いで練り歩きます。 生産性の高い人も低い人も現実にいるわけですし、私たちの社会を優秀な人々、普通の人々、障害をもった人々(個性と言うべきでが、まだその様に言葉が認知されていないので、あえて障害の言葉を用いました。)の様に、人を等級化たりし、勝ち組と負け組に分けたりする社会を、本当に求めていたんでしょうか。

そうではなくて、お神輿の様な社会こそが、人間味のあるやさしい社会だと思うのです。

ピラミッドの建設事業は、ナイル川の氾濫によって農地が水没した為に(しかし、肥沃な土が運ばれる為に、農業には良かった訳です。)農民の一時的な雇用を生み出すための国家的事業だっと早稲田の吉村作治教授が述べていますが、派遣に似た仕事の話は、大昔から存在した古くて、新しい問題です。 日本の農家の不作と教育費と食費の高騰によって、大黒柱の夫が、都会で出稼ぎしていた事をエジプトのピラネッド事業とオ-バ-ラップして見えました。 

様々な市場原理主義の弊害に見舞われ、赤字経営だった千葉県銚子市立病院の閉鎖を決めた市長のリコ-ル運動が始まっていました。 この様に、全てを市場原理に任せた結果が、沢山の混乱と弊害をもたらせたのですから、病院や福祉など、利益を生みにくくても、社会制度として、必要なものは、残していく政策が求められていますし、守っていくべきと思います。

埋蔵金が眠っていると言われていますし、官僚たちの横領に近い無駄使いや、高官僚の渡りの禁止などで、資金は見出す事が出来るはずで、有能な政治家を選出が最も大事な事です。

カナダも、米国同様に、沢山の銃を所持していますが、カナダの犯罪率は、極端に少ないのです。

カナダでは、食事も医療費も無料ですから、経済的な貧困の為に、犯罪に手を染める事が少なく、多くのカナダ市民も弱者を援助するのは、当たり前で普通の事と受け止めています。 

キュ-バの医療体制も、低料金で受ける事もできますし、又、国民健康保険制度をクリントン政権時代に、ファ-スト・レディだった(今はオバマ政権で、国務長官)ヒラリ-女史の主導で、制度化しようとしましたが、保険業界などの圧力で実現しなかった為に、金持ち以外の多くの米国民は、高額な医療費が払えません。 信じられない話ですが、高額の為に、医療費が払えない患者さんに対して、受け入れていた病院の担当者が、患者さんをタクシ-に乗せて、路上に捨ててくる様な米国社会を結果として、アメリカン・ブローバルスタンダードが生み出しました。

残念ながら、推察していた通り、オバマ政権は、バイ アメリンカ政策を検討している様で、保護主義へと動こうとしていますから、昨年は、序章に過ぎませんので、ここ数年が大変な時期と思われます。 キンペ-ンのみで、米国国民が賛同しなけば、金銭的なアメを米国民に与える事になるでしょうから、日本も内需拡大の政策を打ち出さなければ、さらに日本経済は悪化すると推察されます。

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2009年1月31日 (土)

再び沖縄一人旅

再び沖縄一人旅:

昨年は、沖縄、大阪そして東京と、桜前線を追う楽しい一人旅の後に、桜を追いかけながら仙台と札幌家族旅行も兼ねて行きましたが、家族も楽しんでくれた様でした。 蓄えも減ってきたので、桜前線を追いかけるかは、今年は微妙ですが、とりあえず、今年も桜前線が日本一早い沖縄で、寒緋桜を見物したく、一人旅が始まります。 そのお供する愛用PCですが、とうとう故障をしてしまったので代替PCがありませんので、那覇市内の電気店で買う事にします。

31st_jan_2009 それに正月まで愛用していたス-ツケ-スの車輪が破損した為に、一回り大きいのを買いました。 ス-ツケ-スも消耗品ですので買い換えが必要ですが、それはゴミを増やす事になりますし、買い替えは景気につながりますから、複雑な心境です。 そのス-ツケ-スと共に自宅出ましたが、1月30日の前日からの暴風と強風の余波がまだ残っていましたので、自宅側の国道で待機していたタクシ-まで、家内が傘と共に見送りしてくれ、その心遣いに感謝しながら、タクシ-に乗り込んでJR駅まで行きました。

31stjan_2009 今回は、隣町から出発する、羽田横浜行き高速バス(片道2000)で、房総半島を横断して、東京湾アクアラインの地下トンネルに入りますが、通称、「海ほたる」と呼ばれる観光用ビルがあり、バスのフロントガラスを通してうっすらと見えますが、風が強くて、高速バスが、微妙に蛇行していました。 今日は土曜日ですが、午前10時を回ったのに、アクアラインを利用している車が少ないです。 これからも赤字続きのアクアライン、何時まで存続が出来るのか、直下型地震の際は、水没してしまうなぁと思っていると、そのトンネルにはいりましたが、今東京湾の海底を横断していると思うと、少し不安です。

31st_jan_2009_2 でも、そんな不安は、雨と共に、流れ去り、羽田の第二-タミナルに到着し、荷物を預けて、ビル内の散策の始まりです。

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2009年1月26日 (月)

オバマ政権の陰(隠された所)

オバマ政権の陰(隠された所):
当時、欧州に輸出された綿花、タバコや砂糖の栽培と収穫の為に、約3世紀もの長きに渡り、1000万人規模のアフリカの黒人達が競売(けいばいで、よく間違いますが、きょうばいではありません。)にかけられ、その彼らを奴隷として買い求め、モノとして扱ってきた米国の南部(離脱してアメリカ南部連合を結成しました。)と、エイブラハム・リンカ-ン(原語の発音に近いのはリンカンで、彼の若い時代には、先住民との戦争の為に、義勇兵として入隊していた経歴もありました。)大統領が、黒人奴隷の解放の為に、議会の認可も無く支出を行い、戦争を指揮して、北軍と南軍と戦った南北戦争は、米国の内戦としても位置づける事が出来る米国史であった訳ですが、そのリンカンを敬愛するオバマ新大統領による就任演説の感動の渦が、米国内のみならず、世界中に広がっています。
そして、長年に渡って、経済封鎖されているキュ-バ(2008年10月29日、キュ-バに対する経済封鎖解除が、国連総会で日本を含む185の国々によって、圧倒的多数で決議されました。)のカストロ前大統領も、米国テレビが、インタビュ-した時には、米国の新大統領に対して賛美の言葉を述べている姿を放映していました。(カストロと一緒に革命を起こしたゲバラの映画、第1部の「チェ 28歳の革命」が上映され、第2部の「チェ 39歳 別れの手紙」は31日から上映との事で、DVDになったら買おうと思っています。)
減税やグ-リン・ニュ-・ディ-ル政策による新たな雇用を生み出す事は、とても評価が出来る事と思いますが、その財源を、新たな米国債の発行でまかなうとすれば、現在すでに20%も米国債を所有している日本にも、さらなる追加購入の強い要請が予想されますし、イラクからの撤退の方針は勿論賛同しますが、なぜ撤退するのかの、ブツシュ政権のイクラ政策に対する、総括が全くありません。
そして、タリバンとの和平工作と平行しながらも、アフガニスタンへは、これから3万人の兵力増強を公言していますので、リンカンと同様に、新大統領の本心は、偏見のない鏡には、戦争反対論者でも、理想主義者でもない、「武器を持って戦う」似非的(えせてき)な平和主義者として映り、その彼の心は、うす暗い闇が陰になっている様に見えます。 

先日、麻生政権が、あっさりと簡単に、ソマリアへの海上自衛隊の派遣を決めてしまった日本に対して、アフガニスタンへの自衛隊の派兵要請が、すぐにオバマ政権のクリントン新国務長官を経由して要請されると思いますが、日本国内の不況対策やオバマ政権の想定問題への取り組みが、緊急に議論されるべき優先課題であるのに、定額給付金や将来の消費税増税を論争している、KY(空気が読めない)議員達の集まりが、今の低落した自民党と民主党だと思います。 (その後、8月30に衆議員選挙で、自民が惨敗し、民社の圧勝し、自公政権から民主党の連立政権が発足し、権鳩山内閣が作られる事になります。)

中東政策のもう一つは、イスラエル問題がありますが、新大統領は、今後も、ユダヤ国家であるイスラエルを支持していく政策を明言しました。 
オバマ政権を生んだ背景は、共和党のブッシュ政権の政策が、もたらした放任主義による、様々な弊害、金融危機や不況を打破したく、米国民の藁にもすがりたい切なる熱い思い、オバマ自身の草の根運動や米国の民主党を支えている米国籍のユダヤ人達による強い支持が、大統領選を勝利に導いた為に、ユダヤ人国家であるイスラエルを支持せざるを得ない、背景があると思われます。

1948年にイスラエル国家が誕生する前には、そこはパレスチナ地方と呼ばれ、1880年始めに、ロシアでは、ユダヤ人虐殺の嵐が吹き、ロスチャイルド家によって送られた、ユダヤ人の青年運動家達が、このパレスチナ地方に、、入植地を作ったのが始まりで、さらに入植した東欧のユダヤ人達は、パレスチナに昔から住んでいた非ユダヤ人達を低賃金で雇って農園を広げ、非ユダヤ人とユダヤ人の共同体の社会を作り上げるのでなく、ユダヤ人の為の国家を設立しようとする「シオニズム」運動(シオンと呼ばれるエルサレム市街にその丘があり、その地に帰ってユダヤ人国家を建設する運動)と、ユダヤ人に都合が良い法律(下記の素晴らしい法律を参照下さい。)によって、非ユダヤ人達を排斥(はいせき)し続けた為に、流血事件から、イスラエルの内戦(ガザ自治区の非ユダヤ人もイスラエル人で、ユダヤ人もイスラエル人である訳で、人種は異なりますが、同国人同士の戦いは、米国の南北戦争と同じで、イスラエルの内戦として定義が出来ると思いますし、宗教対立よりも、ユダヤ人と非ユダヤ人との国内領土の取り合いの内戦と云えると思います。)から、テロ攻撃へと変質していった背景があります。
ですから、宗教戦争の様に報道されていますが、不当に土地を奪われた非ユダヤ人と、奪ったユダヤ人とが、イスラエル国内で戦っているですから、その底辺にある土地問題こそが解決出来ない限り、イスラエル支持を打ち出したオバマ政権では、ガザ自治地区の停戦の合意が出来ても、根本的な解決が出来ないと思います。(イスラエルのガザ自治区への武力による攻撃に対して、国連で即時停戦する様に決議されましたが、ライス(前)米国務長官が棄権した為に、停戦をしませんでした。しかし、オバマが新大統領になってすぐに、イスラエル外相とハマス代表とそれぞれ電話会談をして、やっと停戦の合意が出来ました。)

イスラエルのユダヤ人にとって素晴らしい法律:
不在者財産没収法:一度でも自分の居住地を離れた者や、戦火を逃れる為や軍隊の命令で、一時避難した者も、この法律が適用され、勿論、代々長きに渡って住んでいる土地や家屋に対しての権利証がない者は、土地や家屋や財産を没収される法律です。

緊急法:軍司令官の命令により、市民の特定地域での住居を禁止(追放を意味しています。)する事が出来、又、市民の国外追放も可能で、財産没収や帰国禁止の命令出来る法律です。 そしてさらに、閉鎖地域と呼ばれる特定地域を設け、その特定地域への出入りを禁止する法律です。
(この閉鎖地域の境界線は、明らかにされてない為に、市民は、知らずにこの法律を犯す事になります。)
その緊急法に付け加えた、新条項は、安全地域で、ある地域を安全上必要と宣言したら、その地域に住んでいる全市民は、2週間以内に立ち退かなけばならい法律です。
これらの法律によって、いとも簡単に、パレスチナ人を追放する事が出来る訳で、誰が見ても理不尽な法律です。

電気自動車:
日本国内メ-カ-のバッテリ-を搭載した米国電気自動車に人気がある様で、ガソリンスタンドならぬ、街の電気スタンドで充電が出来るし、スタンドで充電済みのバッテリ-と交換も可能で、自宅の車庫での充電も可能な為に、タウン・カ-としての実用性がある車が増えていく事になるでしょうから、開発費の援助や新車の購入時の減税をしたりして、Buy American(アメリカ製品を買おう)政策を打ち出し、新たな保護政策が打ち出される事が予想されますから、外交能力の高い外務省の高官を探し出して、プロジェクト・チ-ムを作って対抗していかないと、日本はさらに経済的に悪化する事になります。
そう言う意味では、ブツシュ前大統領より、何十倍も賢く切れ者である、オバマ新大統領の政権との外交交渉が始まり、経済支援、自衛隊の武力行使、普天間基地など、様々な難航な事案が持ち出される事になり、日本丸は、嵐の中に突っ込み大揺れになる事でしょう。
そして間接的な保護主義をオバマ政権が下せば、日本のカ-・メ-カ-も、日本政府に輸出奨励金の要求し、輸出価格を下げる対策をするでしょうし、欧州のメ-カ-も追従するでしょうし、イタチごっこになる、先の見えない将来になっていくかもしれません。

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2009年1月20日 (火)

昨日の海

1_19th_jan_2009海:昨日は、4月上旬の暖かさになりましたので、久々にママチャリで、海に出かけました。 
隣町の入り江は、夏場には、海水浴客で占領されますが、今は、若い男女のサ-フア-達で、賑わっています。
波乗り出来る海は、とっても大切ですから、彼らは、ゴミなどで海を汚しませんが、波乗りする為に、生きている様にも見えます。
入り江ですから、波も小さく、初心者向きですが、体力もなくエビ反りの様な姿勢も出来ない私には、やっぱり若さは、すごいと圧倒されてしまいます。

2_19th_jan_2009漁港:その隣には、小さな漁港があり、漁船や漁業組合の施設もありますし、今日は、釣り人が少ない様です。 河川の汚れが改善され、工場の廃液の規制されたりして、自然環境がよくなりましたし、19日の日にも、初老の男性が一人で、黙々と漁港の側の砂浜のゴミ拾いをしていましたので、その姿を見て、私も何か始めなければと、気づかされました。
素晴らしい海の色と綺麗な砂浜を維持するには、ゴミの持ち帰りの徹底や儲け主義が経営している工場の暴走の監視と、環境に対する様々な規制を維持し、必要ならさらに強化していかないと、今後も、海の景観や環境を維持出来ません。

3_19th_jan_2009親子岩:地元の穴場といっていい様な、岩と小さな浜辺があります。 
その為に、浜辺には、ゴミで汚れていない砂浜があり、とても気に入っているんですが、その親子岩のネ-ミングは、私が勝手につけので、本当の名前は知りません。(笑)

帰りに、デスカウント・ショップに立ち寄り、紙パックの芋焼酎(島美人)と、大根、白菜、大きいシュ-クリ-ム、かきな、焼きそば(3人前)を買いましたが、それぞれ99円でした。
島美人は、九州地方では、それなり有名な銘柄で、芋好きの人は、大抵称賛しています。
お湯をコップに、半分ほど入れて、それから芋焼酎を加えて呑む、お湯割りを初めて知ったのは、鹿児島の川内(せんだい)市内の小料理屋で、宴会を開いた時でした。
つまみもほとんど、食べなく、お湯割りを飲み続ける、豪快な薩摩人(薩摩の国の国府は川内市の市内)にも、びっくりしました。(笑)
最近、そのお店で、99円セ-ルを始めた様で、沢山の定年移住組や別荘族で、お店は混んでいました。
その島美人の紙パックは、1.8リッタ-で、1680円で、少し高かったですが、安い芋焼酎(芋と醸造アルコ-ルの混合)は、1080円でした。 
鹿児島の川内で、その島美人を随分と呑みましたので、懐かしくなり買ってしまいました。

我が家の河津桜が、蕾を付け出しましたので、伊豆の河津に咲く河津桜の開花時期も早いのではと、想像しますが、1月末より、2月中旬まで沖縄の那覇と石垣島に一人旅しますので、残念ですが河津の桜を見過ごしてしますかもしれません。

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2009年1月10日 (土)

昨日の出来事

9th_jan_2009 梅の花:1月9日に、我が家の庭の梅の木に一輪咲きました。 
この梅の木は、我が家は中古住宅ですので、先住者の農家の人が植えられて、樹齢も数十年も経っていますから幹が太いですが、かなり腐っている部分がありましたので、2年前にかなり大きく枝払いをしました。 梅の実を少し付けますが、まだ養生が必要です。 
私達の代で、植えた数種類ある他の梅の木にも、蕾が大きくなっていますので、もう少しで咲くと思います。

9th_jan_2009_2 住宅用火災警報器:新築は勿論ですが、中古住宅でも、火災警報器が義務づけられましたので、P社の製品を6個買って、そのうちの一つを昨日取り付けました。 リチゥム乾電池は10年程度持つそうですが、この警報器の警報の声は小さく感じますが、消防法令適合品 煙(光電式)2種と書いてあり、法令基準に合格しているメ-カ-品なんです。 泥棒除けの感知器を取り付けていますが、ドア-を揺らすとピッピッとすごい音がしてびっくりしますが、火災の場合も、その位の大きな音が必要と思いました。 

10th_jan_2009 ホッケ:北海道直送のホッケが、隣町の鮮魚店で売っているが、昨日、目に留まりました。そのお店では、北海道産の魚は、毎金曜日のみが特売日で、その買ったホッケは、真ホッケのばら売りで、4枚あった中で、その一枚を選択させてくれるんです。 だから、先に買った人ほど、美味しいホッケを買う事が出来ますし、選択した後から、ビニ-ルパックにするんです。 ビニ-ルの上からでは、魚の微妙な鮮度や色つやなど、判りませんので、その点は、売り子さんは、心得ているんです。
ホッケは、縞ホッケ(しま模様が皮にあるから、しまほっけ)と真ホッケがありますが、両方共に美味しく、漁船が日本選かロシア船の違いがあるものの、ロシア産も北海道産も、ホッケは同じと思いますが、加工方法で、味が異なる事もあるでしょう。
長さが20cm程度以下のホッケは、脂が少ないので安くなり、すり身などに加工品にまわされていたり、生ならば、ぶつ切りにして、みそ汁の具に利用されています。 その為に、ス-パ-で売られている、パックされた小さなホッケは、あまり美味しくありません。
昨日の店頭には、宗八カレイとナメタガレイの干物も一緒に売っていましたが、脂がないので、私向きですが、私、家内、娘とネコ3匹で、一匹の魚の干物を分けて食べますので、大きさからも、1枚450円のホッケの開きに決まりです。

北海道の虎杖浜は、タラコでも、有名ですが、実は、ホッケや宗八カレイや毛ガニや鮭でも有名なんです。 浜に上がったホッケを開いて、寒風にさらしながら、干しますが、地元の製造工場に行って、直接買い求め、宅配便で自宅に送ったり、親しい人にも送ったりした事が、今も懐かしい記憶として、残っています。 地元でも高いキンキの干物も戴いたりと、北海道は、仕事柄、昔は毎月、そして経費節減になり隔月になりましたが、通っていましましたので、グルメ三昧の楽しい出張でもありました。 ですから、一目見れば、魚の美味しさを見抜く事が出来ます。

今朝は、畑の野菜と冷凍新巻鮭とコンニャクとキムチを入れたみそ汁を作り、ソ-メンを茹でて、そのホッケを焼きました。 外では、ネコ達がそわそわしていますし、野良猫も良い匂いをかぎつけてやってきました。 今朝も、美味しく朝食を戴きました。 ホッケの干物は、最高に美味しく、私に、再び北海道を思いださせてくれました。

その北海道ですが、サッチョン(単身赴任の為に、札幌のチョンガ)や出張したサラリ-マンによって、段々と、ホッケの美味しさが、全国的に伝わったと思いますし、道産子の嫁さんを貰って郷里に戻った人達も、多くいると思います。 全国的に食べられている、「みそラ-メン」は、みそ汁も食べたいと思ったサッチョンが札幌のラ-メン屋の店長さんに、頼んで味噌を入れて作ったのが始まりとか言われていますし、人々の交流は、食文化の発展にも寄与している訳です。

秋刀魚の刺身を私が、初めて食したのは、北海道の紋別市のある小料理屋さんでした。 
今から35年も前の事で、当時は、秋刀魚も鯖も、生でなく煮るか焼く料理のみでしたから、その時は、大変驚き、その美味しさも初めて知る事になりました。 今は、流通の速さや、水揚げ港は、魚の取引金額の高い港に入港しますから、生の秋刀魚や鯖が戴ける時代になりました。

せき鯖などのブランド魚は、特別なタックを付けて、偽物と一線を引いています。

鯖は、国産よりはノルエ-産の方が、脂がのって、しめ鯖でも塩焼きでも、より美味しいですし、オランダ産のアジは、あまり美味しくないですが、値段が安く、脂が少ないので年配者向きに適しています。

料理の素材、調味料や料理方法がそれぞれが味に影響する大切な要因ですので、長い年月をかけて、その郷土の食材をどの様に料理し、どの調味料を用いるのが、一番美味しいか、先人の料理人さんや家庭のお母さん達が、研究して来た訳で、東南アジアで利用されているナンプラ-は好きなのですが、家内と娘は好まないので、家庭内で料理に利用しませんが、マレ-シアのクアラルンプ-ル(KL)で買った、瓶詰め入りの唐辛子パウダ-は、好評ですので、度々利用しています。 日本の唐辛子より、かなり辛いので、ほんの少しの量でいいので、経済的でもあります。

日本の醤油は、多くの国々で受け入れられた、国際的な調味料ですが、最近は、フランス人シェフ達も、Umami(うま味)を出す昆布を利用したり、積極的に、インタ-ネットで、日本の地方の小さな藏元から地酒を取り寄せて、フランス料理に出している様ですが、私は、定着しない気がします。 魚の刺身に、ソ-スやトマトケチャップは、あいませんし、やっぱり醤油か塩だと思いますので、食材と調味料は、やはり基本的なル-ルがありますので、試行錯誤して結局は、伝統的なフランス料理方法が一番と判り、又、古い料理方法や伝統的なソ-スを使い、ワインに戻るかと思います。

牛肉ステ-キには、ソ-スか醤油か塩と思いますが、マスタ-ドを付けると、更に味を引き立てて、美味しさを増しますし、ウナギの蒲焼きには、山椒が薬味になりますが、練りワサビをしっかりと塗って戴くと、これが又味を引き立てます。 ワサビと一緒の食べ方は、地元のウナギ屋の女将さんに教わりましたが、旦那さんが2年ほど前に他界して、休業していますが、再開が望まれます。

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2009年1月 8日 (木)

日本の食糧事情一考

日本の食糧事情一考:

日本の食料自給率が39%ですから、海外流通のストップや、小麦粉やトウモロコシの不作、水不足などの要因で、輸入食料品が日本に入らなくなる事も、充分に予測されますから、国内の食料品調達の為に、国内での移動する事は良しとしても、日本は、輸入食料や加工品に頼り過ぎだと思うのです

日本人が思うほど、外国人は、そんなにお人好しではありませんが、その一例ですが、以前、米国の大手タバコメ-カ-のP社が、取り扱ったタバコの葉の農薬の残留度が高く、米国内で販売する事が出来ない事が判明しました。 その為に、汚染された葉を焼却処分せずに、そのまま加工され輸出される事になりましたが、その輸出先は、日本でした。 

これが、多くの米国企業の経営者の金第一主義の本質を示す一例で、そして米国企業の経営を模倣しているのが、多くの日本の企業ですから、その結果として、産地偽装や賞味期限の改ざんなどが発覚したりして、経営陣の交代や倒産したりしています。日本の多くの経営者達は、企業理念を失い、利益追求のみですから、あきれてしまい、本当に情けなくなります。 (60歳代の今の日本の経営者の人達は、祖国愛について熱く語ったり、学生運動にも発展した時代に青春を過ごしてきたはずなのに、一体何をも学んできたのだろうとか疑問に思ってしまいます。)

各家庭単位による自己防衛の為にも、日本国内で家庭菜園は、かつてのロシアの様に(別荘を持っている人達が多いのは、少しでも暖かい土地で、農作物を作るのが目的で、保養目的ではありませんでした。)大切な生活の柱になっていくと、私が推察する理由は、現金や外貨や株券や金(きん)などは、とても不安定要素が高く、食料、水、塩は、何時の時代にも、生活必需品と思うからなのです。

常に各家庭で備蓄を心がける必要があり、地震やインフルエンザなどの伝染病で、自宅療養を強要された場合などの非常事態の為にも、常々備えておくべきと思っています

チェリノブィリの放射能の影響が、北欧に多大なダメ-ジを与えた事は、よく知られていると思いますが、放射能の悪影響がイタリアまで来ていた事は、余り国内では知られていませんでしたが、我が家では、最近になって、イタリア製のスパゲティを買いますが、以前は、我が家では全く買いませんでした。

この様に、海外食料品には、思わぬ落とし穴がありますので、常にアンテナをはって注意するのも、家長の務めと思っています。

そして、虫食い野菜こそが、野菜の安全性の証明なんですね。

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2009年1月 3日 (土)

85回箱根駅伝復路

今年も、シナリオのない、新しい感動するドラマと記録を作った85回箱根駅で我が母校の結果は下位で、残念ながらシード権を得る事が出来ませんでした。

我が母校を含め、どの大学の選手達も全力で同じ目標に向かって進んでいる姿は、多くの人達にも感銘と勇気と元気を貰いましたので感謝しています。

沿道沿いでの往路と復路の観戦と応援は、忘れていた熱い血潮を呼び起こしてくれますが、デッドヒ-トや日大のダニエル選手の20人抜きの様な快挙などは見逃してしまいますから、やはりテレビ観戦も良いですね。

往路順位は以下の通りでした。

 <1>東洋大<2>早大<3>日体大<4>中央学院大<5>山梨学院大<6>国士大<7>明大<8>日大<9>大東大<10>帝京大<11>中大<12>東農大<13>関東学連選抜<14>専大<15>駒大<16>神奈川大<17>拓大<18>順大<19>亜大<20>上武大<21>東海大<22>青学大<23>城西大

横浜駅の東口の散策をしましたが、昔の面影は全くなく、高島屋デパ-トのビル、沢山の飲食店やブテックの店が入った高層ビルや建設中の日産ビルを観たりしていると、復路の駅伝応援者で、沿道や陸橋は、人で溢れていました。  私もその中の一人でしたが、遠くからの応援でした。

その後、又紅葉坂を過ぎて、桜木町まで歩き、帰路は電車にして、ホテルに帰って一休みして、イングリッシュ・パブで、ギネスを飲みました。

来年の箱駅伝に期待を繋ぎたいと思います。

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2009年1月 2日 (金)

85回箱根駅伝往路の観戦

2009年1月2日:85回箱根駅伝往路の観戦:

1_2nd_jan_2009_800全力で走りぬく各選手の想いを一本のによって繋ぐ箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)は、何時も感動を与えてくれます。 私達の毎年恒例になって行事の一つになっているいるんですが、それぞれの大学を応援する人達や、駅伝をこなく愛するファンが、沿道に立ち並び、応援旗を振りながら、各大学の選手達に暖かい激励の声援をかけ、惜しみない拍手を送り続けている間疾風の様に通り過ぎる選手。 そんな現場の臨場感を肌で感じながら、今年も85回を迎えた箱根駅伝の様々なドラマと感動を、今度は、様浜の沿道から友人宅のテレビ中継で駅伝の続きを見る予定です。 

2_2nd_jan_2009_800 沿道脇で応援した2区(東京-箱根、5区間108キロ)の青空の上空には、3機のヘリが生中継の為に、爆音をたてながらホ-バリングをしていますし、先導車、神奈川県警のパトカ-と白バイや中継車の間に、選手達が走り過ぎて行きます

3_2nd_jan_2009_800 我が母校の選手の写真に納める事が残念ながら出来ませんでしたが、20人ものゴボウ抜きをした日大のダニエル選手を撮る事が出来ました。 でも、肖像権の事もありますので、その写真は、ここに添付していませんが、ネットで観られると思います。

低血糖になりスタミナ切れになると、覇権の恐れもありますから、ペ-スの配分を考えつつ、ギリギリの限界で必死に走るからこそ、観戦している人達に感動を与える訳ですが、ホノルル、ニューヨーク、ロンドン・マラソンなどに海外のマラソンに出場している、先輩の弁ですと、やはり沿道の声援で元気が出るそうで、特に若い女性達の声援には、背筋が伸びると言っていましたから。 (笑)  S先輩の応援とロンドン見物に、2007年の4月にロンドンに滞在しましたが、その詳細一人旅日記書いていますから、もしお時間があればお立ち寄り下さい。 

http://gemini-chiba.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_7973.html

横浜2区での観戦も終わりましたので、友人のY宅に移動しますが、あんなに沿道を埋め尽くしていた観客が、引き潮の様に、消えていく光景を見ると多くの地元のファンも多い事がわかりますし、観戦に満足し笑みをたたえながら帰宅していました。 Y宅には、すでに奥様と娘さんによる美味しい手料理がテ-ブルに、狭しと並んでいます。 箱根駅伝を観戦しながら、楽しい宴が始まりました。 海外赴任で一時帰国されたEさん、静岡県からのTさん、近郊からのAさん、kさん、Yさん、Iさん、Sさんらの全員が、同じ母校の出身で同じクラブですから、お互いの顔は、当時の大学生になり、大変楽しく歓談をさせて頂き、美酒と共に沢山のご馳走も戴き、年末のご多忙中の折に、いろいろとご準備をされたYさんご一家に厚くお礼を述べて、散会する事になりました。 

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2009年1月 1日 (木)

謹賀新年 2009年

明けまして、おめでとう御座います。

旧年中は、大変お世話になり、有り難う御座いました。

どうぞ、本年も宜しくお願いします。

お互いにお風邪を引かぬ様にして、地元に来ているサ-ファは、元気が良いですので、今年の不景気の波をご一緒に乗り越えていきたいですね。

1_1st_jan_2009_800 添付写真は、地元の海岸での、元旦のご来光です。

2_1st_jan_2009_800 元旦のご来光は、去年と新しい年の区切りでもあり、又新しい年の始まりで、早く中東に平和がおとずれる様にと、国内のセイフティ・ネットによって様々な境遇の人達を救ってもらえる様にと祈願をしました。

3_1st_jan_2009_800 今朝の海は、凪の為に、若い男女のサ-ファ達が波待ち状態でしたがもうすぐに良い波が来ると思います。 ママチャリで、海岸に着いた時は、まだ暗く誰もいない海でしたが、ホテルの宿泊客達も、海岸に集まってきました。 海岸は、 とっても寒かったので、暖かい自宅の居間に戻り、幸せを感じた次第です。

箱根駅伝の応援の為に、自宅から、電車で横浜へと移動しましたが、先ほどから、横浜のホテルに宿泊して、スタンバイします。

横浜の沿道での応援は、明日の朝なので、ちょっとまだ、スタンバイは早いですね。(笑)

母校の成績が良いかもなんて、予感がしました。

1st_jan_2009_800 良いかもなんて思っていたら、良いカモが、ホテルの前の川で泳いでいました。(笑)

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