ヨ-グルト、納豆、豆腐、蓮の油炒め、ヒジキの煮物、イモサラダ、キュウリの漬け物、梅干し、ウィンナ-・ソ-セジ、鯖の焼き物、みそ汁とご飯で盛り沢山の朝食になりました。 本日は、熊本から唐津まで移動しますので、しっかり朝食を戴きました。 今回の一人旅に唐津を加えたのは、唐津焼きの焼き物を観る事と、玄界灘で捕れた魚を食べて、唐津城の拝観でした。 田舎暮らしの本(http://tkj.jp/mag/mag_002.html)という雑誌の1999年2月号に、陶芸家の中里隆さん(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%87%8C%E9%9A%86)の陶芸の世界と彼の田舎暮らしが紹介されていました。 陶芸家として名声が高く、料理の腕もプロ並みで、唐津市内の漁場に玄界灘で捕れた魚を買い付けて、食している様子が細かく書かれていた事が、私にはとても興味が湧きました。 それから足かけ10年目に、唐津への旅が実現しました。
路面電車:2008年6月19日に、鹿児島から熊本へ移動し、熊本駅に到着した時には、雨でしたので、宿泊先のホテルまで、タクシ-に乗りました。 帽子を被り制服姿のタクシ-の運転手さんは、雨の中、トランクから、私の荷物を親切にも取り出してくれました。 私は、傘とデイバックとショルダ-バックを待っておりましたから、とっても助かりました。
でも、今朝は晴れましたので、最寄りの路面電車駅まで、荷物を持って移動して、車内に乗り込みました。 大人150円の料金で、便利な乗り物ですから、是非今後も利用しながら残していってほしい交通機関ですね。
他の系列から来た、熊本駅行きの路面電車で、街とうまく解け合い良い被写体になります。
路面電車を降りると、JR熊本駅です。
熊本駅から鳥栖(とす)駅まで、鹿児島本線の各駅電車を利用しましたが、車窓が相当長いワンマン電車で、車両もまだ新しく、JR九州が、観光に強い力を注いでいる事をうかがい知る事が出来ます。
少し早いですが、駅構内の立ち喰いそばに、ゴボウ天ぷらを載せて戴きました。 かまぼこと鶏肉のそぼろの様な肉が入っていましたが、鰹だしのさっぱりとした汁で美味しかったです。
鳥栖駅で、長崎本線に乗り換えです。 やはりワンマンカ-ですが、新しい車両を導入しています。
車内の席は、板張りで、なかなか洒落ています。 途中で乗る人の為に、バスの様に整理券を発行する機械がドア-の側に取り付けられ、円形に取り付けられた釣り革が下がっていました。
そして、佐賀駅に到着しました。 佐賀には、恵比寿様の数が日本一との事で、その記念として当駅の構内に記念碑が作られていました。 その碑には、「旅立ち恵比寿 人にはそれぞれ旅立ちがあります 進学、就職、結婚・・・ このえびす様は、それぞれの旅を応援しておられます 今日の旅もご安全に」と書かれていました。 どうも有り難うと呟きながら、シャッタ-を押しました。
佐賀駅から、唐津線に乗り換えて、唐津駅に行く列車です。 この様な古い車両もなかなか味があるので、安全面で問題なければ、残していってほしい物ですね。 車両の年数が古いほど、希少価値は高まり、生きた鉄道の歴史になる訳ですからね。
車内の椅子に腰掛けて車窓の景色を眺めていたら、ガラス窓にカミキリムシと思われる昆虫が張り付きました。 すごい力と吸盤力があるからだと思うのですが、電車が走行しているにも関わらずに、ガラスにへばり付いているんですね。
その後に、ゆっくりと移動した時に、昆虫の側面を観察しましたら、カミキリムシと確認出来ましたがその後に、とうとう私の視界から消えてしまいました。
「おうち」と駅構内の案内板に駅名が書かれいるのが、目に留まりました。 ユニ-クな駅名と思いましたが、漢字では、読めませんでした。 此方の駅名を漢字で書くと、相知とありました。
唐津駅に到着し、駅前にあるのが、今日の宿泊先のホテルで、名前の通りにホテルの玄関はシティホテルの様相をしています。 荷物を預かって貰い、すぐに街の散策です。
唐(現在の中国)へ渡る港として、栄えた唐津市の市役所前に、鳥居がありました。
少し歩くと、唐津神社があり、参拝客の車が駐車してありました。
鳥居を抜けると、左手に、両手とを清めて、口をすすぐ、手水舎(てみずや)があります。
開運招福と家内安全と書かれた大きなお麩だがあり、荘厳な本殿です。
その後に、舞鶴公園内にある、唐津城(別名、舞鶴城)の天守閣に登りました。 左側に小さく、本丸の一部が写っています。 天守閣にはジオラマの唐津、武具、古絵図、唐津焼などが展示され、観覧料は大人一人400円で、強風でしたが、展望台から光景も素 晴らしかったです。 エレベタ-も設置され、一回100円で、帰りに試乗しましたが、階段の上り下りが不自由な方には、とても良いサ-ビスです。
舞鶴公園案内図で、これで全体の位置が、よく判ります。
若いカップルの二組が、すれ違いをしている、散策の道である、階段を登って、天守閣に行きます。 唐津城四百年と書かれた登り旗が、はためいていました。
途中まで登ると、下段広場が現れ、大きな藤の棚がありました。 天然記念物紫フジとして紹介され、4月下旬から5月上旬にかけて花が咲き、開花した藤棚と天守閣を写した写真がパンフレツトに使用されていました。 5万以上の花数で、樹齢100年以上と言われていますので、花の盛りには素晴らしい紫の花が満ちあふれている事でしょう。
風格のある「一の門」です。
本丸の上段広場には、天守閣への入り口があり、ここから入って、天守閣の内部を観覧します。
此方の上段広場で生活してるネコ達で、可愛いですね。
天守閣の展望台から、松浦川でウインド・サ-フィンを楽しんでいる若者が楽しそうに滑走しています。
天守閣の展望台から観ました。
約100万本の黒松の群生は、潮風を防ぐ防風林ですが、名勝の為に、「虹の松原」と呼ばれています。
沖合3kmほどにある、「高島」は人口400人程度の離島で、宝くじが良く当たると評判の神社、宝当神社と小中学校があるそうです。 広大な唐津湾は、その高島を取り込み、その先の沖には、広大な玄界灘が広がっています。
松浦川に架かっている、松浦橋が写真の後方に写っています。
右側が大島で、左側が九州電力が経営している火力唐津発電所で、2号機と3号機の二基で最大出力は、87.5万Kwとの事です。 又、九州電力(http://www.kyuden.co.jp/nuclear_index.html)は、玄海原子力発電所(3号機は定期点検を終了し調整運転に入った様です。)と川内原子力発電所も所有し、発電し続けています。
普通のエレベタ-も設置されていますので、帰りは此に乗って城から降りました。
エレベタ-降り口付近にいたネコ達です。
黒猫もいました。
この二匹は、天守閣の上段広場で見かけたネコ達の子供だそうで、そんな説明を妙齢なエレベタ-の切符切りおばさんがしてくれました。
旧唐津銀行の建物は、1912年(明治45年)に煉瓦を使用した洋風建築として、建てられたそうで、その際に明治の建築家、辰野金吾が監修した言われ、郷土建築家、辰野金吾、曽根達蔵と村野藤吾達の資料を展示する資料館として、現在は使用されているとの事です。
そして、その足でホテルに戻りました。
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