« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008年4月

仙台桜見物 

16th_apr_2008 紅枝垂桜:家族で仙台見物に出掛け、私は桜前線の追いかけ(私の場合、『老いかけ』の意味も当てはまります。)をしました。 今年は、沖縄、大阪、地元、仙台と追いかけて、そして5月には札幌まで家族同伴で桜を追いかけます。 
宮城県仙台市内にある西公園には、地下鉄の新線(コスト高になるトンネル掘削より、地面を掘り起こす露天掘りにした為に、桜の木々を移植しました。)を作る為に、それぞれの桜の木々が移植しされ、ほぼ満開な状態でした。 
その西公園の片隅にある高台に、紅枝垂桜が植樹され、広瀬川を見下ろしています。 
福島県田村郡三春町にの樹齢1000年以上の紅枝垂桜が、三春の滝桜と呼ばれて、その分枝が仙台市に寄贈される事が決まり、2006年12月18日に植樹された為に、養生されていますが、立派で綺麗な花々をつけています。 

『伊達政宗』の正室が、三春の出身で、その名が愛姫であった為に、この紅枝垂れ桜を、『愛姫桜』(めごひめさくら)と命名したとの事です。

16th_apr_2008_2 朝早く出掛けましたので、広瀬川に架けられた『大橋』には、車はあまり走っていませんでした。 
前日の午前中に、家族と出掛けた時には、この『大橋』と青葉山の木々とがマッチして、とても景色が良いので、水彩画を描く人達もかなりあちこちに点在してました。 やはり杜の都ですね。

16th_apr_2008_3 仙台城跡の本丸跡には、皆様がご存じの、伊達政宗の像があります。 
正宗の幼少時代に梵天丸と命名され、天然痘で右目を失明した事をNHKの時代劇ドラマで知った事を思い出しました。 
仙台城(青葉城とも呼ばれ、青葉城恋歌としても有名です。)は、青葉山に築城された山城の為に、見晴らしが良いので、天守閣がありません。 櫓(やぐら)は再建されていましたが、仙台城址(城跡の事です。)の敷地のかなりの部分の地権者が、菊のマ-クをシンボルにした、某神社になっており、右翼的な雰囲気も感じられました。 早朝に写真を撮りに行きますと、誰もいませんので、好きなアングルから自由に撮る事が出来、天気が良ければ最高の写真日和になります。 今朝はまさにその日でした。 ラッキ-。(笑)

16th_apr_2008_4 クロ-ンのソメイヨシノは、自然に増えていく事は、ありませんから、株を分けて人の手によって植え続けられました。桜前線(ソメイヨシノが開花になっています。)でも判る通り、全国にソメイヨシノが、多くの日本人によって植えられ、それだけ日本人が、ソメイヨシノを愛している国民である事が判ります。
桜を見に出掛ける人を桜人と呼ばれ、多くの日本人が桜人なのですね。
桜の語源は、咲くは春をイメ-ジし、『ら』は修飾語との事で、咲く、に、らをつけて、さくらになったとの節もあります。
素晴らしい花々が咲いています。

16th_apr_2008_5 熱海桜の様な、河津桜の様な、花をつけた、桜もありましたが、桜の名札が見あたらず、桜の種類は判りませんでしたが、鮮やかなピンク色をして、人々の心を和ませてくれます。

| | コメント (0)

一人旅 in 大阪岡山 (2) - 3 

天女を発見!!

5th_apr_2008_ JR天王寺駅構内の天井に住んでいる天女かもしれません。 当駅は度々を訪れるのですが、全く気が付きませんでした。

6th_apr_2008__2 反対側からの写真です。

6th_apr_2008_大阪・曾根崎の和風居酒屋、恵美寿屋さんオ-ナ-兼マスタ-と知り合いになり、彼の支店が天王寺にあり、そちらに立ち寄り、その帰りに、天王寺駅構内の天井をふと見上げたら、天女が御菓子の様なものを持っているではありませんか。

すぐに写真のみを撮ってその場を去り、改札口へ急ぎ、ホテルに帰ってから、ネットで検索したら、JR天王寺駅中央コンコースでの待ち合わせ場所になっている様で、初めての人には、見つけづらいですね。 

御菓子の様なものは、ハスの花でした。

天女の横の柱に銘板があり人々の安全と幸せを祈り永遠の平和を願がって制作され、ライオンズクラブが1984年11月に寄贈されたと銘板に説明がありました。

| | コメント (0)

衆議院の解散は誰が行うのでしょう

一人旅の中休みです。 他のインタ-ネットのコミュニティ-で書き込んだ内容に加筆と修正しました。

福田内閣の支持率も、低下し続け、ぼちぼちと衆議院の解散に向かって、東京・赤坂の近辺の料亭が忙しくなっていると思います。
福田さんは、吾関節炎とか、馬耳東風の感じですから、世論に反応しにくい様に見えます。 今風で言えば、KY総理大臣ですかね。 
国民世論によって、衆議院を間接的に解散させるには、特に、マスコミとしてのテレビの力は、絶大です。 最近鋭い切り込みをする若手のテレビ会社の社員達も増えてきていますので、良い兆候で、期待をしています
早く総選挙して、政権交代が望ましいと思いますがどうですか。

突然ですが、演歌歌手、春日八郎の『お富さん』の話です。
その歌詞の出だしに『いきなくろべぇ~ みこしのまぁ~つに。。。』ですが、子供の頃に、意味も判らずに口ずさんでいました。 
ひらがなでのみで、理解出来た人は天才かもしれません。(笑)
漢字に直すと、『粋な黒塀 見越しの松に』で、その粋な黒塀なんですが、赤坂の料亭を政治家が、密談や会合に頻繁に利用しています。
赤坂のそれらの高級料亭は外部からのぞき見をされない様に、3m弱位の高さの塀で囲ってあったりします。 
木材で出来た塀は、『粋に黒く』塗られており、料亭の内部を、のぞき見する事は出来ませんので、なおさら気になるのが人情と言うものです。 

現役時代には、赤坂に事務所を借りていた事もあり、あの界隈で、頻繁に昼食を摂った事が思い出されます。

話を戻します。

衆議院の解散は誰が行うのでしょう。

a)その時の日本の内閣総理大臣でしょうか。  正確に言えば、違います。
b)その時の内閣(国の行政権を担当する執行部)でしょうか。 ほぼ正確に近いです。 でも違います。
c)天皇でしょうか。 これが正真正銘の正解です。

では、なぜてしょうか。
今の日本国憲法に、その様に規定されいているから。 

解散の流れ:-
まず、内閣総理大臣が、解散の理由を全ての国務大臣に説明する為に、閣議を開き、そして、その解散の同意を取り付け、閣議書に全員が署名して、初めて、国政の執行部としての内閣が、解散を承認する事になります。 
もし解散に対して不同意の国務大臣が多数いたとしても、それらの大臣達を罷免(辞めさせる事)して、内閣総理大臣が、それらの大臣達を兼任する為に、内閣総理大臣の一人が、実質的な解散の決定権を持っているのに等しい訳です。 その為に、『伝家の宝刀』と言われる所以でもあります。
内閣が解散の承認すると、内閣総務官が、詔書の原案(天皇の言葉としての原案。)を皇居にいる天皇に持参して、天皇の署名と押捺を受ける事になります。

天皇の国事行為として、衆議院の解散行うと、今の日本国憲法憲法、第7条の第3号に、きちんと、その様に規定されています。 

従って、正解はc)でした。

もし天皇が個人的に反対の意見を持ち、内閣総理大臣の任命を拒否したり 公文書への署名を拒否した場合は、日本国の国家として機能が麻痺する可能性があると指摘されていますので、少々不備の残る日本国憲法かと思いますがどうでしょうか

| | コメント (0)

一人旅 in 大阪 (2) - 3 

8th_apr_2008_ 大阪・曾根崎にある、和風居酒屋で、恵美寿屋お初天神店さん(http://townpage.goo.ne.jp/SearchMap.php?mapkind=1&matomeid=KN2708031500001498)が、あり、とっても気になるお店でした。 キヤッチ・フレ-ズが、「昼から呑める 恵美寿屋 営業中」と書いた張り紙が引き戸に張られていたからなんです。 それで、ちょっと立ち寄ってみる事にしました。 お昼時は、定食も提供し、夜には、若い子達が、料理を作り、酒を提供しています。 (お店のマスタ-と親しくさせてさせて頂き、もう一軒の天王寺にある、お店にも行く事にしました。 又、4月7日に曾根崎のお店を再訪した時に、マスタ-から写真掲載の許可を頂きましたので、4月8日のお店の写真を貼付しました。) 

1_5th_apr_2008__2 本日の昼間は、オ-ナ-とママが、お店を開いていますので、焼酎とおつまみを飲んで、店内の写真を撮らして貰いました。 店内には、なかなかウイットに富んだ俳句を書いた紙があちらこちらに張ってありました。 

2_5th_apr_2008__4 単身赴任のサラリ-マンの本音を俳句にしています。 

マス-タ-と雑談の中で、もう一軒天王寺にお店があり、本日の夕方からはそちらのお店で働くとの事でしたので、今晩の夕食はそちらで戴く事をお約束して、桜の名所の「山中渓」(やまなかだに)を紹介して貰いましたので、お礼を言ってお店を出来ました。 (後で山中渓の桜を紹介します。)

1_5th_apr_2008__3 ホテルに戻って出直して、JR大阪環状線で大阪から天王寺まで行って、惠美寿屋天王寺店さん(http://local.yahoo.co.jp/detail/spot/f7be2ecdb2a3201b43dd62c8033fb84b/)に立ち寄りました。

1_5th_apr_3008_ 焼酎とおつまみを頼みました。 マグロが美味しく、そして濃いめの味付けをした、きんぴらゴボウも美味しかったです。  

                                      

1_5th_apr_2008__4 天王寺店も大変ユニ-クにお店で、内装もとても興味深く、観ていても飽きがきません。 

2_5th_apr_2008__5 常連さんも店内が忙しければ、自発的に、カウンタ-内に入り、お手伝いをしています。 後ろ姿が常連さんで、紙パックに入った、赤ワインをグラスに注いでいます。白衣姿がマスタ-が料理中です。 その後に、兄貴的な存在のマスタ-は人生相談にのったり、店員さんの募集中で、今夜は、面接をしたりと多忙な夜なんです。 一見の客でも、一眼レフを持った隣の若者は、気さくに話しをしてくれたり、楽しい一時を過ごす事が出来ました。 (実は、今晩、面接を終わった彼が、翌日から、曾根崎のお店に働く事になり、ちょっとびっくりです。)

| | コメント (0)

一人旅 in 大阪 (2) - 2 

1_5th_apr_2008_1583年に、豊臣秀吉の命により大阪城が着工された古い歴史があります。 石垣などは、特にその長い歴史の時間を刻んでいる事を読み取る事が出来ます。 反面、1931年(昭和6年)に天守閣が復興された為に、まだ新しさを感じさせますが、何時も眺めても威風堂々としています。 

2_5th_apr_2008_ 違うアングルからの写真です。

3rd_apr_2008_ 桜も一緒に撮りました。 

5_5th_apr_2008_ 天守閣は、博物館になっていますのでこちらに拝観をする、切符売り場と出入り口があります。

2_5th_apr_2008__2 桜が満開に近い状態で、石垣と桜のコントラストが良いです。  

2_5th_apr_2008__3  桜を拡大した写真で、多分ソメイヨシノと思いますが、淡いピンク色の蕾と、白色に近い、薄いピンクの花ビラを付けた花もすばらしく綺麗です。 ソメイヨシノですとクロ-ンなので、サクランボは実りません。 

3_5th_apr_2008_ 遅咲きの桜もありますので、探して撮りました。まだ、蕾が沢山あり、開花した花が一輪の枝がありました。

| | コメント (0)

一人旅 in 大阪 (2) - 1

5th_apr_2008__2 牛丼の朝食:一人旅を続ける時に、ホテルの朝食より、外食した方が良い時もあります。 それで、久々に、大阪・曾根崎にある「吉野家」で、遅い朝食を戴きました。 勿論、並のサイズ牛丼を注文し、1-2分で、どんぶりが出てきました。 まず、紅ショウガを多めにどんぶりに載せて、マイハシをどんぶりに差し込み、煮汁の状態を確認すると、かなりご飯にかかっていました。 ラッキ-。 !! そして、何と300円でした。!!! 4月8日まで新生活応援祭のキャンペ-ン中との事で、ヤン-キスの松井選手も応援していました。 立ち寄った大阪・曾根崎のお店には、彼のポスタ-が張られていました。 全国展開のキャンペ-ンですので、300円の牛丼は如何ですか。                         

1_5th_apr_2008_ 朝の腹ごしらえをして、早速大阪城公園に、桜見物と大阪城天守閣を観に出かけました。 弁天橋から、第二寝屋川の堤に咲いている桜を撮りました。 大阪城ホ-ルで、Hey!Say! Jump(平成ジャンプ、ジャニーズ事務所のメンバー全員平成生まれのユニット。)のライブがある為に、ティンネィジャ-達が、写真の中央に写っている大阪城新橋に、列を作っていました。                        

1_5ht_apr_2008_ 4月5日の今日は、土曜日ですし、天気もめぐれましたので、沢山の観光客が地元や県外や海外からもやってきました。 人が多すぎて、桜の観賞には、すこし気が落ち着きません。 

5th_apr_2008__3 3月17日に撮った時は、メジロが蜜を求め真っ赤なボケの花の周りにいましたが、もうあの深紅の花はほとんど枯れていました。                                

5th_apr_2008__4 柳の葉の間を通して、大阪のシンボルである、大阪城天守閣に続く極楽橋を撮りました。 この大橋の名前が極楽橋と知る人が少ないかもしれませんが、この橋を渡って、坂を上がって天守閣まで行きますので、天に少し近づける様な気になります。 沢山の善男善女が観光に見えていました。

| | コメント (0)

一人旅 in 大阪 (1)

大阪城の桜を見たく、青春18きっぷの残り1回分を使って、一人旅の始まりです。前回の旅では、浜松近くの鷲津駅側のホテルで宿をとりましたが、今回は、自宅から、快速と各駅電車を使って直接大阪に入ります。

4th_apr_2008_

平日の金曜日の4月4日ですが、上りの快速電車に乗って、朝早く地元の駅を出発したので、車内は空いていました。 でも、到着した東京駅では、大きな荷物を持っているし、朝のラッシュの混雑を考えて、熱海止まりの東海道線の下り電車ですが、グリ-ン車に乗る事にして、構内のグリ-ン券販売機にスイカカ-ドを入れて買いました。

2_4th_ar_2008_ カ-ドには、購入した記録が書き込まれまたので、そのカ-ドを午前8時8分に、自由席の上のカ-ド読み取り機に当てると、ライトが赤からグリ-ンに変わります。ランプの色からも、グリ-ン車の名にふさわしいです。 これで車掌さんの検札も省略になります。

4th_apr_2008__2 当電車は、戸塚駅を8時45分に通過しました。 大学時代に友達が戸塚駅近くの親戚の家に下宿していた為に、遊びに行った思い出があり、懐かしくなり、駅名の看板をとらせて貰いました。                       

4th_apr_2008__3 熱海で下車してから、各駅電車を乗り継いで、14時49分に大垣駅に着きました。 昔の東海道線は、東京駅から、岐阜県の大垣駅まで走っていましたから、その電車に乗っり、泥酔した輩は、そのまま熟睡し続け終点の大垣駅まで行ってしまった事を聞かされた事があります。 昔はそんな大酒豪の大物がいました。 母校の工学部の上級助手さんが私と友達数人を赤提灯へ飲みに連れて行ってくれ、相当飲んだのに(学生時代の私は下戸でした。)、その助手さんのご好意で、彼の自宅までつれて行かれて、更なる酒宴の始まりです。 勿論、深夜の突然の訪問ですから、彼の奥さんもびっくりでした。 そして、飲み疲れた後は、みんなで、ごろ寝をし、その翌朝に、奥さんがこしらえてくれた、みそ汁の美味しかった事や面倒見の良い先輩達に囲まれて、それはとっても楽しい学園生活だった事を思い出していました。 私たちの年代は、そんな良い時代や、バブルも経験してきましたが、就職の氷河期や成果主義や勝ち組負け組と、殺伐とした、今の世の中を生きなければならない、若い世代は大変です。 

新幹線や飛行機ですと、移動には、便利ですが、目的地に着いて、旅が始まる感じですが、各駅電車は、乗車した時から、旅が始まりますので、車窓から景色を眺めたり、昔の出来事が、突然走馬燈の様に思い出されたりと、ゆっくりと時が流れていく各駅電車の旅は、とてもすばらしいです。

4th_apr_2008__4 そして関ヶ原駅を通過しました。 大垣を通過し、垂井も通過すると関ヶ原です。 豊臣秀吉の死後に、池田三成が率いる西軍と徳川家康が率いる東軍の天下分け目の戦いであった関ヶ原の合戦。 そして、東軍が勝利し、長い長い徳川幕府の政権が続く事になりますが、テレビや映画で、ドラマとして度々取りあけられています。 今の政治家が政党を渡り歩く様に、西軍から東軍に寝返った大名の名も、後世に伝えられて、現在も、うらぎりものとして紹介されていますが、武士道とは、一体何だったのでしょう。 古戦場跡に、機会があれば途中下車して訪れてみたいです。

4th_apr_2008__5  高槻駅を過ぎた頃から、三階建ての家々が見受けられ様になりましたので、間接的に地価が高い事を示しています。

 

18_11_4th_apr_2008_大阪駅に到着して、そこから、曾根崎にある定宿、ホテル大阪ワ-ルドまで、歩いて行き、やっとチェックインし、ネオンのある夜の町に出かけました。 写真は、18時11分に撮った曾根崎のお初天神通りの看板です。

| | コメント (0)

お寿司屋の仲田家さん

常磐線佐貫駅前のお寿司屋の「仲田家」さん:このブログで度々紹介していますが、寿司ネタの多さも評判ですが、特に親方が命を懸けて、市場からマグロを買ってきますので、特に美味しく、食通のリピタ-や家族連れの常連さんも来店します。時間が許せば、創作料理も戴ける事もあります。 JR上野駅からから常磐線の特別快速電車で、38分で佐貫駅に到着し約4分で、お店に到着します。

(地図:http://www.hotpepper.jp/A_20700/strJ000310074.html

2回乗車分が残っている「青春18きっぷ」を利用して、1回分を使用して日帰りですが、「仲田家」で昼食を戴く為に、出かけました。

木綿の暖簾が何時の様に、お店の前にかかっていて、玄関扉を引いて開けると、「いらしゃ~いと」と生きの良いかけ声で、出迎えてくれました。 ショ-ケ-スには、何時の様に、沢山のすしネタが並んでいます。 長年通っていますがので、何時も通り、お任せですが、軽度の糖尿病の為に、飲み物は、飲み慣れ親しんだ日本酒の「一人娘」から、焼酎の水割りに切り替わりました。

1_1st_apr_2008_ 湯葉にイクラを乗せた突き出し、その一です。箸はマイハシです。

2_1st_apr_2008_ 舌触りを良くする為に、手間暇をかけて、ホタルイカの目と骨を取り除いている、突き出し、その二です。 

I3b_1st_apr_2008_

カンパチ、イカ、イカの耳、イカのげそ、ヒラメ、縁側、甘エビ、マグロの赤身の刺身の盛り合わせで、どのすしネタも新鮮で、とても美味しかったです。 良い素材を出来るだけ生かす料理が刺身です。 毎日、包丁を研いで、包丁の刃を指先で、軽く当てて、研ぎ具合を確かめている訳ですが、刺身包丁は、手術用のメスの様に切れないと、魚の身の細胞がつぶれて、美味しくないそうです。 マグロの赤身の表面を見ると、包丁の切れ味が想像出来ます。

4_1st_apr_2008_  揚げ物で、 塩を付けて戴きました。

5_1st_apr_2008_ 車エビの塩焼きで、私は以前に頭から尾っぽまで、食べ尽くしていました。 加齢に伴い膝の痛みがあり、グリコサミン(甲殻類から抽出)を毎食に、サプリメントととして飲んでいますので、車エビの丸喰いは、摂りすぎてしまうので、今は、頭と尻尾は残す様にしています。 

 

1st_apr_2008_ 常磐線の快速電車の車内ですが、34年前にこの佐貫町に引っ越しをした時は国鉄の時代で、客車でした。 技術革新は日新月歩で進んでいるなぁと、思いながら車内の写真を撮らせて貰いました。 当時の客車のドアは手動で、危ない感じでしたが、ドアから落ちた事故は無かったと思いますが、危険だからこそ、昔は、お互いに注意して乗降していました。 つくづく良い時代だったなぁと思うのです。 

| | コメント (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »