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2008年3月

茂原の河津桜

31st_mar_2008_ 茂原駅側の河津桜:千葉県のJR茂原駅構内にある、パン屋さんの喫茶室で、家内はコ-ヒ-で、私は、ココアを戴いた後に、そこから少し先に植えられている、河津桜を見に行きました。 

1_31st_mar_2008_そんなに大きな河津桜ではないのですが、どなたか世話をしている様で、毎年、それはそれは、きれいなピンク色の花を付けてくれます。 伊豆の河津町の桜並木の桜は、醍醐味があって、是非、来年も再訪したいと思っていますが、ここの河津桜も、毎年気になる河津桜なので、桜の時期になると度々訪れたりするんです。 

2_31st_mar_2008_ 反対側からの写真です。 じっくりと眺めた後に、大型ス-パ-もありますので、買い物をして帰宅しました。 明日は、まだ切符が残っている「青春18きっぷ」で、常磐線の佐貫駅前で、マグロに命をかけている大将がやっている、お寿司屋さんへ、一人で出かけてみようかと思っています。 

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31st_mar_2008__2 裏庭に牛糞を毎年蒔いていますので、野蕗が育っています。 

31st_mar_2008__3今朝の6時前に、裏庭から摂ってきて、 葉っぱも茎も一緒に、煮付けます。

31st_mar_2008__4 蕗には、フキノンと言う成分が含まれていて、特に花粉症に蕗は良いですので、なるべく毎日食べる様心がけたいです。 

アルマイト加工された、アルミ鍋はは良いですが、地肌がアルミのままの鍋ですと、煮汁がアルミを溶かし、その料理を戴き続けると、体内に入ったアルミが脳に長年に少しずつ蓄積されて、アルツハイマ-病になると言われている一要因です。 

アルミの原料のボ-キサイトの鉱山に、欧州の工場で搬出された亜硫酸ガスが雨ガスが混ざって、酸性雨となり、その鉱山に降り続いた為に、その地域の地下水にアルミが溶け出してしまい、その水を長年常飲していた住民に高い比率で、アルツハイマ-病が発生していたと、研究者が報告していたのを、昔、テレビで見てから、我が家では、アルミの地肌が出ている、全てのアルミ鍋を処分して、いろいろの大きさのステンレス鍋に換え、中華鍋はチタン製に換えました。 話は長くなりましたが、それで、我が家では、圧力鍋も薬缶もステンレスですし、全ての鍋もお玉もステンレス製です。 ツイングリラ-という品名の二枚重ねの四角い鍋は、アルミ製ですが、しっかりとアルミ表面はコテイ-ングされていますので、その鍋は例外として使用しています。

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ヒヨドリ

30th_mar_2008_庭に、えさ台を設け、沢山庭になっているハッサクを輪切りにして、えさ台に乗せると、ヒヨドリが餌を食べています。 農薬や除草剤などは、全く散布しませんので、庭には、雑草も生い茂っています。 その為に、虫の幼虫もいますから、他の野鳥が食べに来ます。 

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川と鴨

27th_mar_2008_ 我が町を流れる河川は、千葉県の南部を流れる二級河川で、お天気が良ければ、隣町の大型ス-パ-に、散歩も兼ねて、家内と一緒に自転車で出かけます。 度々、その川で、白鷺や野生の鴨が、餌を捕る為に、潜ったり、亀の甲羅干しや、フナが飛び跳ねたりと、自転車を止めて、いろいろな光景を楽しむ事が出来ます。 何時もは亀が甲羅干しをしているですが、今は、鴨が羽を休めています。そんな光景を見ながら、思うのですが、野生小動物の生活の営みは、ゆっくりと時を刻んで、変わらない様に見えますが、人の生活の営みは、戦前から戦後と、時の流れに沿って大きく変化し、特に、近年は、IT革命や成果主義へと進み、人情や哀れみが薄れてしまい、心が病んだ人達が世間には、どっと増えてしまいました。 犯罪者の増加、低年齢化や犯罪者予備軍の増加し、水と安全はタダだった日本は、遠い昔の過去の事になってしまいました。 多少とも、犯罪率が低く、まだ自然が残っている田舎へロングスティしたり、あるいは定住によって、そんな傷ついた心を癒やすのも一策かもしれません。

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蜜柑と桜

215th_mar_2008_ 蜜柑の木、「はれひめ」をホ-ムセンタ-で買いました。 宮川みかんと清見みかんの掛け合わせで、最近作られた様で、種苗法登録された蜜柑の品種です。 糖度は13度で濃厚な甘さで、12月頃に収穫が出来るので大変楽しみです。

25th_mar_2008_ 近所の農家の桜の木で、ソメイヨシノですが、やっと花が開きだしました。 これから咲き出します。

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娘の一歩

23rd_ma_2008_ 娘の夢である、芸能界のデビュ-に向けて、その一歩として、某プロダクションの書類審査と面接が東京の事務所であり、その事務所との契約書の作成も終わり、具体的なレッスンも始まろうとしています。 自分の夢に向かって、満身の力で歩み出しましたので、そのお祝いを近くの和風レストランで行いました。 刺身の盛り合わせを頼んで、まず乾杯です。

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水仙の花

我が町には、農家の方が多く、トマト、キュウリ、メロン、梨を作ったり、花を栽培したりしていますが、多くの農家の庭先で、よく見かけるのが水仙です。

1_22nd_mar_2008_ 水仙の種類も多い様ですが、我が家も農家跡地に建てられた別荘型の中古住宅ですので、この中古住宅を買う前に、水仙が植えてありました。 八重の花が咲くこの水仙を、新しく銀杏の木を植える為に、縁台の側へ移動しましまたが、強いので簡単に根付きました。

2_22nd_mar_2008_ 八重花の写真で、丁度見頃です。

22nd_mar_2008_ 隣町の大型ス-パ-に、自転車で買い物に定期的に行きますが、河川の堤で、道路を工事しています。 河川に新たに水門の様な物(古い水門は、その50mほど先にありますので、水門では無いですね。 河川の両岸の水をせき止める様で、河川の幅の4/5位はせき止めないので、水量の調節用なのかもしれません。)が建設中です。 河川の堤の側に、新たに大きな制御装置を入れた大きな建物を造り、その建物と、その水門の様なものとをつなぐ為に、堤の下に、マンホ-ルを掘って、配線を繋ぐ様で、その工事が続いています。 治水工事かもしれませんが、必要性がどの位あるのか判りませんが、ゼネコンの仕事としては、必要なのかもしれません。

国道を繋いているこの河川を、跨いでいる古い橋梁を取り壊して、仮設の橋が架けられています。 その後に、新しい橋梁の工事の入札があり、順調に工事は進むはずでした。 小耳にはさんだ話ですが、実はその工事を巡って談合が発覚した為に、新しい橋梁工事は宙に浮いてしまったとの事でした。 そういえば、一年くらい、そのまんまの仮設の橋のまんまでしたが、最近工事関係者が決まり、鉄骨構造の橋梁が両岸がかけられる最中です。 大赤字の茂原市との合併話がご破算になった様で、我が町の役所や工事関係者も、きっとほっとしている事でしょう。  

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (8)

1_22ndmar_2008_ 東京日本橋前のアパホテルのレストラン、四季の看板です。

2_22nd_mar_2008_ バイキングの朝食ですが、昨日はカロリ-の摂り過ぎだったので、少し控えめにしました。 その後にホテルを出て、7日ぶりに帰宅しました。 (終わり)

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (7)

京都大阪奈良岡山の一人旅も終わりに近づき、青春18きっぷの残り2回分は、後日使用する事にして、これから、岡山駅から、『のぞみ』で東京駅まで戻り、日本橋前のホテルにチェックインして、大浴場で旅のアカを落として、赤提灯の飲み処、「うるま」に出掛けます。 定例のうるま会に、あいにく、ジョンくんのパパさんが所用があって欠席との事で、皆さんに宜しく伝えておきます。

1_21st_mar_2008__4 新幹線の「のぞみ」の車内のワゴンサ-ビスが、私の席まで来ましたので、昼食用として幕の内弁当を買いたく、売り子さんを呼び止めました。 上品なもみじの図柄の絵の駅弁が目について、美味しそうな予感がしましたので、一つ買いました。 お値段は、1050円でしたが、広島は、もみじ饅頭でも有名ですが、この弁当の表紙の製造元を見ると、広島で作られて、のぞみに「」乗せられた様でした。

2_21st_mar_2008__3 プラスチックのモミジと笹の葉は、イタダケナイしろものですので、消化しないのでイタダケナイですが、他は感謝しながら合掌した後に、大変美味しく戴きました。 ご馳走様でした。

東京の定宿になった、日本橋前のアパホテルで、旅の垢と疲れをとる為に、最上階の大浴場に浸かりに行きました。 チェックインの15時を少し過ぎたのに、もう大浴場には、数人の泊まり客が入っていました。 私同様に早くチェックインをした人か、連泊の人かもしれませんが、宿泊値段も手頃で、朝のバイキングも美味しい為に、常に混んでいるホテルなのです。

21st_mar_2008__2 お風呂上がりで、さっぱりした後に、地下鉄の茅場町駅から、茅場橋に向かって歩きました。               

21st_ma_2008__3その橋の側に、小さな公園があり、桜の木のソメイヨシノのが植えられ、きれいな花を付けていました。               

1_21st_mar_2008__5まだ蕾が多いですので、淡い色をした蕾を撮りました。    

21st_mar_2007__2 その後に、赤提灯の飲み処、「うるま」で、友達と楽しい仲間達と久々の再会です。 大学時代のクラブの仲間達ですから、タイムスリップして、学生気分に戻って、大いに飲み、昔話をしながら、あの学生運動や青春時代を垣間見る事も出来て、あっと言う間の楽しい宴もおわってしまいました。 それと、加齢と共に膝の痛みが増しますので、グリコサミン入りのサプリメントを毎日3回服用すると改善した、私の事例を話して、膝に痛みがある看板娘のRさんに、宴の間に、勧めました。

その後に、銀座にある、後輩が立ち寄る、お店に行く事になりました。 もう充分にお腹は満たされていますので、ママさんが乾きものを出してくれました。 

1_21st_mar_2008__6 カリントウとチョコレ-トを口に入れながら、アルコ-ルを飲み、目はカラオケ本を見ていました。 

2_21st_mar_2008__5 高級品と思われる煮干しです。

何曲か、順番に歌い解散となりました。 私は道順がはっきりしないので、まず東京駅に戻った後に、ホテルを目指しました。 少し千鳥足だったかもしれませんので、お店の名前がはっきりしません。 確かではありませんが、煮干しの付きだしで、思わずほくそ笑んだ事を覚えていますので、多分「ねこ」だった様な気がします。 もしかしたら違うかもしれません。

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (6) -2

2_20th_mar_2008__2 岡山市のこの後楽園は、江戸時代に岡山藩主の池田綱政の命によって、総面積4万坪に、14年の歳月をかけて造られた「大名庭園」で、金沢市の兼六公園と水戸市の偕楽公園とで、日本の三名園として知られていますが、私は、今回初めて訪れました。 三大庭園と言われる様に、大変立派な庭園の作りになっています。 唯心山(ゆいしんざん)の高台から、沢の池にある島茶屋(しまぢゃや)を撮りましたが、盆栽とか造園などで、日本の美を表現してきた、日本の先人達の美学は、世界的にも評価される芸術なのだと感じました。

20th_mar_2008__15立派な沢の池の中に、小さな砂利島があり、白い砂利、青い松の葉と燈籠が、池と調和して、さすがに日本の庭の美を見せています。

20th_ma_2008_ 茶店で、おでんの缶詰とカップ酒を買い一休みです。カップ酒のネ-ミングが、「ええなあ・・・」とはなかなかしゃれています。

20th_mar_2008__16 芝生が広大に植えられた庭や庭園の敷地内の一部には、丹頂鶴が飼育され、元気な鳴き声で出迎えて貰いました。 釧路の丹頂鶴が有名ですが、此方の庭園では、大きなケイジに入れられて、飛ぶ事ができませんので、ちょっと可哀想でした。 焦点が合わずに、ピンぼけ写真になっていました。

20th_mar_2008__17 かなりの本数の桜の染井吉野の大木が植えられていますが、まだ蕾の状態でしたが、かなりふくらみかけていますので、まもなく開花するでしょう。 その時は、更に、庭も一段と輝きを増すでしょうし、観光客も沢山訪れるでしょうが、今日は、フランスの団体さん達など、国際色豊かな雰囲気でしたが、偶々、今日の気温は低く、冬に戻った感じでした。

20th_mar_2008__18 一本だけ、桜の木に花を付けていましたが、寒桜の種類かもしれませんが、とても優雅で綺麗でした。 岡山市の後楽園の桜は、これからですので、きっと素晴らしい花を付けて、楽しませてくれるでしょうね。 出来たら又再訪したいです。

2_20th_mar_2008__3 椿の花もきれいでしたので、写真をとりました。

20th_mar_2008__19 椿と言えば、伊豆大島(伊豆でも、地番は東京都大島町です。)が有名ですが、こちらの後楽園でも沢山咲いて、今が見頃です。

ホテルに帰り一休みをしてから、毎度おなじみの飲み処を探しにホテルを出ました。

20th_mar_2008__20 大衆酒場と書かれた看板があって、良い雰囲気が伝わってくるお店の外観に誘われて、入ってみました。(翌日の朝に、もう一度、お店の写真を撮りたくて行きましたので、勿論、戸は閉まっていました。)

20th_mar_2008_ ママさんが、今日のおつまみを説明してくれていますが、カウンタ-から、清酒の土佐鶴もあるなぁとか、お店の作りを眺めていて、少し上の空で聞いています。

1_20t_mar_2008_ 後ろを振り向けば、店内は、坂本龍馬の写真や絵が所狭しと沢山飾られて、まさに龍馬の世界が目に飛び込んできました。 ママさんの旦那さんのマスタ-が、偉く龍馬に惚れ込んでいて、店内がいつの間にかこうなった様でした。 一日おきに、お店に出るとの事で、本日は、ママの出番との事でした。 まず、焼酎割りを注文しました。

2_20th_mar_2008__4もう一つの龍馬の絵です。

3_20th_mar_2008_ 店内の一部ですが、観音像の様なものも飾ってありましたが、ママさんにそれについて聞きそびれました。 定年爺が一人旅をしながら、ブログ(日記)を書いてネットで公開している事や、龍馬の事など諸々の雑談に、ママさんと花が咲いていました。 そこへ常連の女性客が入ってきて、話は更に盛り上がりました。 ○○ちゃんは、以前に東京池袋のDIY店で働いていた事もあり、今は地元で働いている事や悩み事などを、同世代の娘さんがいる、ママさんに、何時も相談している事などを、一期一会の私にも話をしてくれました。

20th_mar_2008__21 ブログに添付したく、その為の写真の許可を頂き、何枚も撮らせて貰いました。 心地よい酔いも手伝って、彼女達のいろいろな表情の写真を撮らせて貰いましたが、その中の一枚を選んで載せました。 ママんん、○○ちゃん、とても楽しい夜の一時を有り難う御座います。

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (6) - 1

_岡山駅前のメイン通りは、桃太郎通りと名付けられ、名前の通り、ご当地では、桃太郎伝説があり、桃色に染められた登り旗が、はためいていました。   

                                               

19th_mar_2008_宿泊先のホテルの側には、川幅の狭い西川があり、川の流れに沿って、西川緑道公園が、飛び地の様に出来ていています。 噴水が放射状に噴出し、アナログ時計が時を刻んでいます。 11時49分ですので、もうすぐ昼食になります。 ホテルの近くにある、ラ-メン店でラ-メンと餃子を頂き、腹ごしらえも出来たので、早速街の散策に歩き出しました。

19th_mar_2008__2岡山駅付近には、路面電車が走り、街の風情に一役買っています。 車だけが、往来する通りは味けがありませんし、路面電車が走る事により、ドライバ-は注意をして走る様になり、事故も少ないと思いますがどうでしょうか。 私は、足腰を鍛える為に、出来るだけ乗り物には乗らない様にしていますので、我が家には自転車のみで自家用車はありませんが、いずれにして、路面電車や乗り合いバスは、生活の必需品で、大切にして行くべきと思いました。

今回の岡山訪問の主目的は、岡山城の天守閣の拝観でしたが、お城と後楽園とは旭川を挟んだ位置にあり、小じゃれた橋も架かっており、散策しながら歩くには、丁度良い距離でした。

20th_mar_2008_岡山城の天守閣に通じる門は、廊下門と呼ばれ、壁に小穴が設けらてますが、そこから、鉄砲や矢を敵に放ち応戦する作りになっています。

20th_mar_2008__2岡山城の天守閣ですが、1945年6月29日の市街地空襲による戦災で、完全に焼失した為に、建物の全体を1966年11月にコンクリ-トで建設し、お城の外観は完全復元した為に、お城の外壁の下見板が、黒い漆で塗られ、太陽に当たるとカラスの濡れ羽色に似ているので、烏城(うじょう)とも呼ばれています。 岡山県も第2次世界大戦で空襲されていた事が、この岡山城の天守閣を拝観して知る事が出来ましたので、後で、ネットで、どの地域が空襲されたか調べて、ここに書き出してみました。 東京、名古屋、大阪、神戸、京都、八幡、那覇、長崎、熊本、大分、呉、川崎、鹿児島、徳山、横浜、台北(台湾)、日立、千葉、浜松、四日市、福岡、静岡、倉敷、佐世保、岡山、下関、高松、甲府、和歌山、堺、岐阜、仙台、宇都宮、敦賀、釜石、北海道全土、大分、平塚、沼津、桑名、日立、銚子、津、串本、徳山、青森、清水、水戸、八王子、長岡、富山、前橋、高崎、福山、広島(1945年8月6日原爆)、豊川、福山、長崎(1945年8月9日原爆)、釜石、花巻、久留米、熊谷、岩国、山口、小田原、秋田(1945年8月14/15日空襲)と記載されています。 上記の広大な地域が空襲に合い、原爆が投下されて、沢山の人々の尊い命と巨額な財産を失った事や、日本兵士達や連合軍兵士達の沢山の尊い命を失ってから、やっと終戦になり、その事によって、現在の日本の平和がありますので、どんな事があっても二度と同じ過ちを繰り返してはならないと強く思いました。        

20th_mar_2008__3天守閣をアングルを変えて撮ってみました。天守閣の側を流れる旭川の堤の道路側から、撮りました。  

20th_mar_2008__4 天守閣は三角型に出来ており、どこから見てもバランスが良く、こじんまりとしたお城のイメ-ジです。 

          

城内は博物館になっていますので、時代劇に出てくる様な、暮らしの道具が展示されていました。 拝観料だけで、全国のお城を運営は、経済的に無理ですから、各地のお城の城内を博物館形式にして、税金で運営されていると思います。 様々な文化遺産が展示され、それらの警備やお城の警備要員等の維持管理で、年間の経費は相当かかると思いますが、税金の無駄遣いでなく、有益に利用されています。 お城は、観光資源として経済効果もあり、同時に、生きた歴史の勉強にも役立ちますので、今後も存続させて行くべきと思います。

20th_mar_2008__5城内には、1513年に、種子島に漂着したポルトガル人が持ち込んだ、火縄銃(全長135cm)が展示されていました。 刀、槍、弓に比べて、殺傷能力が高い為に、火縄銃が武士達の武器にとって変わっていく事になります。 

      

20th_mar_2008__6

このシャチホコは、土製の瓦として焼かれた後に、漆を接着剤にして金箔を貼り付けて、天守閣の再建時に造られたそうです。 佐渡などの金山から産出した金で、製造された大判、小判やお城に付きものの、山吹色をしたシャチホコを、当時の外国人達が当時の日本を見れば、「黄金の国」に映り、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスやアメリカなどの諸外国が、キリスト教の布教や交易の名の下に、日本を侵略しようと虎視眈々と狙っていたと、そんな日本の歴史の一遍をかいま見る事が出来ました。2_20th_mar_2008_      

天守閣の最上階から、シャチホコの頭側を撮りました。 ある観光ホテルが特注で造らせた、あの金の湯船が盗難に遭いましたが、犯人達は、その後とらえられたのでしょうかと、気になりましたが、シャチホコは金箔が張っている土の瓦ですから、盗難の心配は無いと思いました。 山吹色に輝いていますが、やはり山吹色は、人々を魅了する色なんですね。                             

20th_mar_2008__7大名駕籠には、履き物を脱いで、自由に無料で乗れる様です。

             

20th_mar_2008__8井戸に竹で編んだ蓋、つるべやタライが展示されています。                                                                

20th_mar_2008__9桶屋の仕事場の再現で、当時の職人の多くは、職種別に固まって一緒に住む様に強制された為に、桶屋が多かった街の名の一つに、桶屋町があるそうです。

20th_mar2008_火事の消火の為に、使用される桶を展示しています。

20th_mar_2008__10台所にある竈(かまど)や水を貯蔵する水瓶が展示されています。 昔はアルミの釜を竈に乗せて、薪をくべて、マッチで火を付けて、竹で出来た火吹き竹を、口に当てて、その竹筒から空気を送って薪を燃やしました。 煙が目にしみて泣き顔になったり、ぴょんぴょんと跳ぶ竈虫もいました。 あの懐かしい風景が、私の脳裏に戻って来ました。

20th_mar_2008__11天守閣から城内を出ると、すぐに白い野良猫を見つけましたが、なかなか可愛い猫でした。 先日、訪れた京都の知恩院の、「忘れ傘」の言い伝えは、白狐でしたね。 こちらは白猫でした。smile

20th_mar_2008__12月見櫓(つきみやぐら)と呼ばれ、見張りをする場所なのです。見張りをしながら、きっと月を眺め、見張りをしていた武士は、ほんの一時の安らぎを感じた事でしょう。

 

20th_mar_2008__13岡山城から見下ろすと、旭川が見えますが、その河原付近でも、野良猫を見つけましたが、野生の為に、目が鋭いです。

20th_mar_2008__14

旭川で、川幅もかなりあり、岡山城側から橋を渡ると、岡山県の後楽園に行く事が出来ます。       

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (5)

青春18きっぷで、大阪駅から各駅電車で移動し、岡山駅に到着しまた。

Canon_power_shot__2 荷物を駅構内のコイン・ロッカ-に預けて、岡山駅前の家電量販店、ビックカメラに直行です。 一人旅に大事なアイテムである、デジカメが昨日故障してしまい、新しいデジカメを買う為に、立ち寄りました。 カメラ本体が少し厚いタイプで、少し頑丈なタイプにしましたが、5年の延長保証を付け、SDカ-ド、2GBのメモリ-と予備の乾電池と充電器と買い求めたら、デジカメ本体とで、総額3万5千182円で、ポイントを利用して2万6千535円の現金支払いとなり、突然の出費でトホホです。 (使い始めると、接写しにくく、その為に、後日、接写用のレンズを買う羽目になり、故障したデジカメは、修理に出しましたが、5年保証を付けた為に、修理費は無料でした。添付写真は、後日、買った接写用レンズと新しいデジカメネットです。) それに今日は、とっても寒くて、冬に戻った様な感じでしたが、歩き回った為に、寒さを何とか我慢が出来ました。 でも、夕方には、寒気がするので、安いジャンバ-と帽子を買って、合計1万円位払いました。 とても痛い出費になってしまい、更なるトホトホなのでした。 その後に、2泊する宿泊先のホテルを地図で探しながら到着しました。

本日は、デジカメが故障しましたので、写真はありません。

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (4) -2

奈良の東大寺を後にして、興福寺に立ち寄る事にしました。 国宝館と東金堂と五重塔とが並んでいます。

18th_mar_2008_ 東金堂には、ご本尊の薬師如来が安置されているそうでしたが、本日訪れた時には、調査不足で、拝観しませんでした。 次回には是非立ち寄りたいと思います。

2_18th_mar_2008_ 東金堂と五重塔で、両方の建物がうまく取り込めました。

国宝館には、お顔が三つ、お手が六本の、有名な阿修羅像が展示されていましたが、国宝の為に、写真撮影は禁止でしたので、添付した写真はありません。 漆塗りの像で平安時代に制作されましたが、美術誌などには必ず載っていると思います。 仏法の阿修羅は、帝釈天と戦争をするが、常に負ける存在で、この戦いの場を修羅場(しゅらば)と言い、その語源は阿修羅からきています。 

(興福寺のHP:http://www.kohfukuji.com/kohfukuji/01_index/f_main_d.htmlに阿修羅像について記載されてますので、探してみて下さい。)

18th_mar_2008__2 五重塔(国宝)は730年)に光明皇后の発願で創建され、現存の木造塔は、1426年頃に再建されました。 京都市の東寺(とうじ)の五重塔に次ぎ、日本で二番目に高い木造塔で、高さ50.8Mです。

奈良駅前に戻り、ラ-メン屋さんで、ラ-メンを啜った後に、話題になっている、「ライラの冒険」を鑑賞する為に、映画館に入りました。 ミニ映画館でしたが、最前列から高角度で後部席が高くなっている為に、とても視界が広くなりスクリ-ンが見やすかったのが印象的でした。 時計の部品が立体的に写された、この映画の予告編のインパクトが強く、機会があればみたい作品でした。 映画に登場する動物が言葉を話し、少女と動物の冒険でした。 脳が堅くなってしまった私は、このジャンルの作品の批評は出来ませんのでパスにします。

18th_mar_2008__3 その後に、奈良駅前の街を散策して、喫茶店で、アイスココアを頼み、一休みしました。 なかなかしゃれた街作りで、散策するだけでも楽しい街でした。

大阪の曾根崎の宿泊先のホテルに戻り、パソコンでメ-ルのチェックをして、少しうたた寝をして、今晩はどのお店で食べるか考えながら、当ホテルを出ました。

18th_mar_2008__4

中華料理店で、親父セット(千円)を頼んで、飲んで食べておいしく完食です。 メタボリックに戻ってしまうと思っても、もう食べた後の反省です。

1_18th_mar_2008_ その後に、ホテルの近くに、立ち飲み屋さんで、ギネスビ-ルの看板が目に留まりましたので、のれんをくぐりました。 Uの字型のカウンタ-には、もうすでにお客さんが立ち飲みをしており、良い雰囲気でした。カウンタ-内には年配の男性と女性、若い女性が2二人で、注文をとったり、時にはお客さんと雑談を交わしていますので、私もタイミングを見て、早速ギネスビ-ルを頼みました。 グラスに注がれたビ-ルの泡が、落ち着くまで、少し待ってから、私に差し出してくれましたので、このお店のギネスビ-ルに期待は高まりました。 それでも、まだ泡がグラスの中間のありますので、グラスの上に上がるまで待ちました。そして、おもむろに、グラスに口を付けて、ゆっくりと一口飲みました。 あぁ~こりぁ、いかんと瞬時に舌が判断し、私の脳裏には、度々味わったギネスビ-ルとは、かなり異なると、強い衝撃を受け、期待し過ぎた自分がいけないと反省した次第です。 東京の新宿にあるアイリッシュ・パブで、英国人とギネスビ-ルを飲み交わしましたが、泡の細かさ、味とのどごしで、そのお店の英国のギネスビ-ルは、英国のそれと同じ感じを受けましたので、同席した英国人の意見も聞きましたが、同意見でした。 多分ステンレスの樽に入れて輸出している為に、味の変化が少ないのではとの、英国人のコメントを今でもよく覚えています。 缶のギネスビ-ルは、生のギネスビ-ルとは、異質ですので、私は缶の場合は、注文しない事が多いですが、この立ち飲みのお店のギネスビ-ルは、苦かったので、きっと缶だったのかもしれません。 

2_18th_mar_2008__2 つまみを頼んで、焼酎に切り替えて、そのお店を出ました。

ホテルに帰るには、まだ時間も早く、猫の様に近所をうろうろと歩き回り、一軒のスナックを見つけました。 お店の名前が面白くて、入店する事にしました。 一期一会と看板に書いてありますので、今晩一回だけのお店になるか、又は大阪再訪の際に再び立ち寄るかは、お店の雰囲気によりますので、楽しみです。 あまり愛想がないママに、焼酎を頼みましたので、ありぁ、一期一会のママになりそうな感じでしたが、少しずつ話し出すと、ママの人生哲学を持っており、すぐにお客さんの意見に迎合しないので、だんだんと話が面白くなってきました。 ちょっと飲み過ぎたので、退店しましたが、又立ち寄りたいお店が一軒出来ました。 

18th_mar_2008__5 再訪の為に、退店した時に、お店の写真を撮りました。

(次回の大阪再訪の際に、立ち寄る事になりますが、そのお話は後日のブログになります。)

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (4) -1

18th_mar_2008__3 ホテルの朝食ですが、今朝は洋食でした。 たまには、洋食でもOKです。

1_18th_mar_2008_近鉄奈良駅で下車をして、東へ歩いていくと、放し飼いになっている為に、あちらこちらに、鹿が、えさを観光客から貰ったり、草を食べています。 そんな眺めを見ながら1.5Km位歩くと、東大寺に繋がる南大門が視野に入ります。 

1_18th_mar_2008__2 その南大門(国宝)には、、大華厳寺の文字が書かれた扁額(へんがく)が、復元され、2006年10月10日に掲げられ、鎌倉時代の書物には、その扁額が掲げられていたと記録にあるそうです。 その南大門の左右には、木造の金剛力士(仁王)像が安置されて、その門をくぐり境内に入ります。 門に向かって左に阿形(あぎょう、口を開いた像)の仁王が安置され、右に吽形(うんぎょう、口を閉じた像)が安置され、他の寺院の安置の仕方と左右逆になっているそうです。

2_18th_mar_2008__2 阿形(あぎょう、口を開いた像)の仁王像です。

1_18th_mar_2008__3 吽形(うんぎょう、口を閉じた像)の仁王像です。

阿吽(あうん)のことわざに由来する物です。

2_18th_mar_2008__3 金銅八角燈籠(国宝)は、大仏殿の正面に安置された燈籠で、修理がされた様でが、奈良時代に造られました。 沢山の観光客が拝観に来ていますが、ほんのちょっとした間があり、燈籠の周りに人影が無くなりましたので、シャッタ-チャンスでした。

1_18th_mar_2008__4火袋には楽器を奏する菩薩の浮き彫りがあります。

1_18th_mar_2008__5 東大寺の金堂(国宝、大仏殿)も、やはり消失してまい、江戸時代に再現されたとの事ですが、時間と共に材木が風化して、それはそれは、荘厳な雰囲気を作り出しています。 又、東大寺は、大華厳寺(だいけごんじ)、金光明(こんこうみょう)四天王護国寺、総国分寺などとも呼ばれています。

18th_mar_2008__4 虚空蔵菩薩像は(重文)は、金堂の左側に鎮座しており、木造で江戸時代の坐像でした。

18th_mar_2008__5 多聞天像は、金堂の右側にある立像で、全ての事を一切聞きもらさない知恵者を意味する毘沙門と同じです。(その毘沙門は、梵語の音写で、多聞とか普聞に訳されるそうです。) 

18th_mar_2008__6 金堂の柱に設けられたこの穴(大仏様の鼻の穴と同サイズとの事ですが、幼児しかくくれません。)をくぐり抜けると、子供の寝小便や厄除けに効き目があると言われ、小さな子供たちが楽しそうにくぐっていました。

1_18th_mar_2008__7  奈良の大仏(国宝、盧舎那仏、るしゃなぶつ)は、「大仏さま」と言われて親しまれていますが、知恵と慈悲の光明で世界をあまねく照らしす仏であり、そのお姿をじっと拝観していると、手が合わさり、自然に頭が垂れるのです。右手を胸のあたりに上げ、前方に掌を向けていますが、施無畏印(せむいいんとは、畏怖を取り除いて安心させる事)の言う姿勢で、左手は膝の上で掌を上に向ける与願印(よがんいんとは、願いを与える)の姿勢で、説法をしてるお姿なのです。高さ14.85m、創建時の推定重量380トン(原料銅499トン、錫8.5トン、金440Kg、水銀2.5トン)、制作年月12年、作業者人数延べ260万人とありますので、757年に完成した当時は、全体が金張りされていましたので、きっと眩い大仏さまでしたでしょうし、延べ260万人とありますのでエジプトのピラミッドの創造のミニ版です。 お座りの蓮の花は、蓮華座と呼ばれ、蓮華座全体で大宇宙を表し、両手の姿勢は上記の通りで、内戦の為に、幾度も修理され、小さく右巻きに巻いてる髪の毛(螺髪、らほつ)などの頭部は、江戸時代に鋳造されたと言われています。 額の真ん中の印は、白毫(びっやくごう)と称し、慈の光を表しているそうです。

18th_mar_2008_

東大寺の中門(重文)は、朱色で飾られた、きらびやかな門で、しっとりと落ち着いた感じの南大門とは対照的です。

奈良時代には、当時の中国の文化の影響力がとても大きく、多くのお寺は、朱色を主して色彩豊かに装飾されていますが、その反面、神社などは、その影響も少なく材木の地肌を生かして、荘厳で落ち着いて心を穏やかにすると感じました。

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (3) - 2

大阪城公園内の遊覧船に乗船し、しばしの船遊びです。

17th_mar_2008__2フランス・パリのセ-ヌ川で、同じような船体をした遊覧船に乗船した思い出に少し浸りました。 セ-ヌ川は、かなり川幅が広いのでゆったりとした空間を船が移動し、建物が遠くにありますから、絵画の様に目に写るんですが、今日の船遊びでは、川幅が狭い場所もあり、建物や橋が迫ってくる印象を受けました。 でも、歩いている時とは、違う街の表情を見せてくれます。

17th_mar_2008__4 船内には、外国からの観光客や若いカップルも乗船してきましたが、ゆっくりと席について、ちょいと一杯です。

17_mar_2008_大阪城公園を少し取り囲む様に、流れる、第二寝屋川を船が進んで行きます。

2_17th_mar_2008_ 第二寝屋川の看板が目に留まりました。

 

3_17th_mar_2008_下船したときに再度遊覧船の船首側から撮りました。

4_17th_mar_2008__2 その後で、遊覧船の巡航ル-トのマップを見つけて撮りましたが、乗船する前に見つけたかったです。 京橋は、大阪と京都を結ぶ為に、豊臣秀吉が命じて造らしたと、船内で説明がありましたが、橋がいろいろと、特定が出来ませんでしたので、次回訪問時の課題とします。

A_17th_mar_2008_ その後に大阪城天守閣まで歩きましたので、再度写真を撮りました。

B_17th_mar_2008_ 桜の木と大阪城天守閣ですので、桜の花の季節になると手前の桜の花が天守閣を更に引き立てます。

C_17th_mar_2008_ 大阪城は、豊臣秀吉が1583年に、石山本願寺跡に造らせたお城で、空襲で損失した為に、大阪人の寄付と税金によって復元され、この荘厳な天守閣も1981年に復元されました。 大阪の街がこの天守閣の最上階にある展望台から眺められ、黄金の茶室なども見る事が出来ます。 前回の時に拝観したので、今回はパスです。

1_17th_mar_2008_ 天守閣を下って行くと、豊國神社があり、豊臣秀吉、秀頼と秀長が奉られていますが、そんなに観光客の方々はいませんでしたので、鳥居付近や境内はとても静かでした。

2_17th_mar_2008__2 豊國神社で、天守閣周りの様な雑踏は全く感じられずに、静寂が漂っていました。 松尾芭蕉の有名な俳句「古池や蛙飛び込む水の音」の心境です。

3_17th_mar_2008__2 豊臣秀吉の銅像で、真新しい感じでした。 朝鮮半島を侵略し、当時の中国までも侵略の夢を見た、当時のリ-ダ-も、歴史的人物になると銅像になるのですね。

17th_mar_2008__5大阪城公園側の喫茶店で、コ-ヒを頼み、疲れを癒やす一時です。

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (3) - 1

大阪城公園の再訪です。まだ桜は咲いていませんが、梅林公園の梅は咲いてますので、立ち寄ることにしました。

17th_mar_2008_ ホテル大阪ワ-ルドの朝食です。鮭の塩焼き、サラダ、みそ汁とご飯で、シンプルですがおいしく戴きました。 私同様に、定年組のご夫婦や青年達が食事をしていました。 曾根崎に位置し、宿泊料金も安いし、大阪駅にも徒歩で10分以内で着きますので、地の利も良い為に、私の定宿になっています。

17th_mar_2008__2 当ホテルから徒歩ですぐに、曾根崎のお初天神通りがあり、通りの上には大きな看板が載ってです。

17th_mar_2008__3 曾根崎にあるホテルの近くに、神社がありましたので、早速立ち寄ることにしました。 露天神社は、お初天神さんと慕われている様です。

17th_mar_2008__4 神社境内の近くに、大阪府神社庁の名で、教訓らしき紙札が張ってありました。お役所かぁと思いましたが、教訓の内容は、私の心に留まりましたので、写真を撮らせてもらいました。

一所懸命だと知恵がでる ・・・・・・・ たしかにそうですし、周りの人も応援をしてくれます。

中途半端だと愚痴がでる ・・・・・・・ 疲れたとか、やめたいとか愚痴がでます。  

いい加減だと言い訳がでる ・・・・・ あの人のせいだとか人のせいにしたりします。

人生を含めて全てに当てはまる教訓ですので、忘れない様にしたいものです。

17th_mar_2008__5 お初天神さんの参道で、繁華街に隣接しています。

JR大阪駅から環状線で、大阪城公園駅まで、行きますが、関東エリアで使用されている、スイカカ-ドが、そのまま大阪でも利用出来るので、大変便利になりました。

17th_mar_2008__6 大阪城公園入り口で久々に自分の写真を撮りましたが、何時も同じような姿をしていますが、勿論、下着やシャツは、毎日取り替えています。

17th_amr_2008_お堀の周りには、沢山の木々が植えられていますが、何時も観察する場所が、私にはあります。 真っ赤な花を付けるボケの木があるんです。 その周りには、人影もありませんから、今日はメジロが蜜を戴いた後の様です。 写真の中央より少し上に小さくメジロがいますし、下には外来種と思われるタンポポの花が一輪が写っていますので、ご覧下さい。

17th_mar_2008__7 この青屋門は、大阪城の非常口の門になっている様で、1945年8月15日の終戦日前の、8月のある日に、大阪は、米軍の空襲を受けて、大阪城もこの青屋門も大破されて、1970年にこの門を復元したそうです。京都と同じ様に、生け花の作品が展示されいていました。私は、植木職人さん達が手を加えますが、地面に植えられている木々が好きなので、その作品を一瞥してすぐにその門をくぐりました。

17th_mar_2008__8「大阪城春の花三昧」の登り旗が立っていました。

17th_mar_2008__9 大阪城梅林の公園の石碑です。

17th_amr_2008__2 梅林公園にも、沢山の観光客がいますので、メジロもゆっくりと梅の木にはとまっていませんので、梅とのツ-ショットの写真は、とれませんでしたが、紅い色の梅の花一輪の拡大写真を撮りました。自然の創作のすばらしさが、伝わってきます。

17th_mar_2008__10 白い色の梅の花で、白もすばらしい色です。

17th_mar_2008__11 大阪城天守閣と梅の花を写真に撮りました。

2_17th_mar_2008_ 大阪城天守閣と梅の花を写真に撮りました。

17th_mar_2008__12 大阪城天守閣は、何時見ても、威風堂々としていて、私の大好きなお城の一つです。 午後に撮った写真ですがここに入れる事にしました。

17th_mar_2008__13 一本の梅の木から、紅白の花が付いています。多分紅い花の木を接ぎ木したと思われ、花びらも沢山散ってしまいました。

17th_mar_2008__14 お堀には、カモメが泳いでいます。 カモも人気者で、沢山のファンが写真を撮ったり、カモの仕草を見ながら、ファン同士がカモ談義をしています。 ゆったりと時間が過ぎてゆき、ほっとする一時でもあります。

17th_mar_2008__15 大阪城公園内に、遊覧船がありますので、今回、初めて乗ることにしましたが、早お昼は、船着き場の茶店で、うどんを戴きました。

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (2) - 2 

京都の円山公園は、知恩院と接して造られた公園で、桜が美しい散策コ-スで、テレビでも度々照会されます。

17th_mar_2008_ 当公園内に小さな滝が造られていますので、絵描きの人たちも数人見かけて、大変長閑な光景でした。

16th_mar_2008_ まだ時期が早く、桜の大木の蕾は、しっかりと握り拳の様に硬い感じでした。 この桜の木が満開になるころに、テレビ紹介されていますので、来年、この桜の木が咲いた頃に再訪したいですね。

16th_mar_2008__2 ですが、丁度、いけばな展が円山公園やそれに繋がる沿道に、生け花が飾れていました。 気品のある展示作品で、観光客も写真に収めたり、観賞していました。

16th_mar_2008__3 当公園内にある、銅像(銅像と言いますが、材料は青銅と思われますので、青銅像の言い方が良いかもれません。)は、坂本竜馬と同じ土佐藩(明治政府の方針で廃藩置県が実施されて、現在の高知県になりました。)の出身の中岡慎太郎でした。 坂本竜馬は、ご存知の様に、土佐藩の脱藩者達と貿易の為に「海援隊」の結成(日本で始めての株式会社)したり、薩長連合のお膳立てを中岡慎太郎し、それをまとめたのが、竜馬とも言われ、徳川幕府が終焉となった「大政奉還」の為に、大志を持って尽力をつくした訳ですが、暗殺された一因として、遠い将来iは日本国を共和制国家を造る事を夢見ていたと為とも、言われたりしますが、むしろ、中岡慎太郎の暗殺が目的で、居合わせた竜馬も、一緒に京都の近江屋の二階で暗殺されたとか、諸説がある様ですが、いずれにしても、葵の紋の徳川幕府の封建社会(武家社会)から、薩長主導による菊の紋の近代社会(天皇制社会)へと変遷をさせていく、歴史的人物だった訳です。 それぞれの両氏を先生と記念碑に記してありましたので、その銅像の下には、きっといろいろな歴史的背景が書かれ、彼らの功績を賛美していると想像しましたが、今回は、時間もないので、銅像の写真のみを撮らせてもらい、移動しました。 (この銅像が私にとって、縁になったかもしれませんが、後日、岡山駅近くを散策して、ある小さな飲み屋のお店を見つけました。 そのご主人が、坂本竜馬の大ファンで、店内には、いろいろな写真やグッズがあふれていましたが、詳細は、後のブログに書く事にします。)

16th_mar_2008__4 同公園の入り口の石碑です。 私は、知恩院を出て、同公園に入りましたので、歩き方が反対になり、最後に入り口に出てしまいました。

円山公園を抜けるとすぐに、八坂神社があります。 八坂神社の名称で、全国に約2300社あるそうで、総本社は、ここの八坂神社で、祇園祭りの舞台になる為に、祇園さんとも言われ、厄除け、開運や商売繁盛や美容の神様の為に、舞妓さんもお参りするとか言われています。

17th_mar_2008__2 八坂神社の鳥居です。

Trimmed_16th_ma_2008_ 八坂神社本殿は、鮮やかな朱色で、華やかです。

平安神宮は、知恩院から北に向かって、京都美術館を過ぎるとありました。 1895年(明治35年)に、平安遷都(都を当時の京都に移した時から)1100年になった事を記念して建立され、遷都(せんと)都当時の天皇であった、桓武(かんむ)天皇を祀った神社と記されています。

16th_mar_2008__5 大通りに面して建っているのは、朱色も鮮やかな平安神宮の大鳥居で、天皇家の菊の紋も飾られ、京都のシンボルとなっているそうです。 昔の海軍の戦艦の船首には、その菊の紋が付いてあったのを思い出しました。 歩道の側で、人力車の姿もありました。 2007年の11月にマレ-シアのマラッカに滞在した時に、日本から輸入したと思われる人力車を見ましたが、人力車もだんだんと海外でも有名になって来ています。

16th_mar_2008__6 平安神宮の名所名が刻まれた石碑です。

16th_mar_2008__8 応天門と呼ばれ、壮大な門ですので、写真を撮っている観光客も沢山いました。

16th_amr_2008_大極殿と呼ばれ、その後ろに本殿がある様でした。 (拝観した時は、判りませんでした。) 大極殿の屋根の両側に、乗っている金色の物が、後のお城に付いている鯱(しゃちほこ)の原型とかテレビで解説していました。

16_mar_2008_ 向かって左側の建物は、白虎楼と呼ばれて、こちらが入り口になる様です。 着物を着てくると、京都市内では、いろいろな割引がある様で、着物姿の女性も目立ちました。やはり日本女性の着物姿は、すばらしいです。

16th_mar_2008__7 向かって右側の建物は、蒼龍楼と呼ばれています。

大阪に入り、定宿のホテルの部屋に荷物を置いて、楽しい夕食の時間です。 今日はどんなお店と遭遇するか、どんな料理が食べられるかと、心がわくわくしながら、夜の街を散策します。

大阪のある、居酒屋チェ-ン店に入りました。

1_16th_mar_2008_

メニュ-を見る前に、芋焼酎の水割りを頼みました。使い捨て箸でなく、洗って再利用する箸を使用していました。 中国の使い捨て割り箸には、薬品処理もされていた様ですから、再利用した箸を使う事は、良い事と思います。

1_16th_mar_2008_ まず、枝豆とラッキゥを頼みました。つまみとなりますが、栄養価は高いのです。

2_16th_ma_2008_ そしてホッケの塩焼きです。 昔は北海道では、生ホッケをぶつ切りにして味噌汁に入れたり、練り製品の原料として使われていた歴史があります。 内地のサラリ-マンが北海道で、ホッケの塩焼きのおいしさを知り、全国的に広まったと思われます。 秋刀魚の刺身も、北海道の様な限定された地域でしか食べる事が出来ませんでしたが、流通の発達により、さまざまな地域でも、秋刀魚の刺身が食べる事が出来るようになりましたが、それって良い事なんでしょうかしらね。

3_16th_ma_2008_ イカ焼き、アスパラ揚げと馬鈴薯のバタ-焼きで、全て美味しく頂き完食でした。ご馳走様でした。

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (2) - 1 

trainJR鷲津駅前の「湖西ホテル」で朝食を食べてから、友達のWさんが、修行僧として修行された、京都の知恩院を拝観しようと様と思い、大阪に行く前に、ちょっと立ち寄る事にしました。

16th_mar_2008__2 ホテルの朝食で、美味しかったです。

16th_mar_2008__4 trainJR京都駅の地下街の食堂はどこも混雑していましたので、その足で、そのまま地下鉄東西線に乗り、東山駅で、下車しました。 知恩院の拝観前に、お昼をしようと思い、近くのお蕎麦屋さん「おふく」に入りました。

1_16th_mar_2008_ まずbottle生酒、鰯の煮付けと豆腐の煮物を頼んで、noodle鰊そばも頼みました。happy01  お酒で身を清めてから拝観と言えば、言い訳になりますね。smile

 

2_16th_mar_2008_2  周りには、食べ物屋さんが少なく、その為と、店内も狭い為に、お客さんが、お店に入れ替わりに入ってきます。 ゆっくりと冷酒とつまみを食べながら、noodle鰊そばを待ちました。 鰊は北海道で食べたりしましたが、鰊入りそばは始めです。 その味について、意見が別れると思いますが、私は、やはり焼き魚や野菜と煮たりして、出しに利用したほうが、鰊の素材が生きるかもしれないと思いました。

 

1_16th_mar_2008__2 知恩院の三門は、現存する木造の門では、最大の大きさで、高さ24m、横幅50mと大変に大きくて、大迫力があります。

16th_mar_2008_「南無阿弥陀仏」と唱えれば、みな平等に救われると、法然上人が念仏を説きましたが、その浄土宗の総本山が知恩院です。 うぐいす張り廊下やの御影堂(本堂)の忘れ傘などが、有名で、本日は日曜日の為に、特に沢山の人たちが観光バスや自家用車に乗って拝観に来ていました。 丁度、御坊さん達が、読経中の為に、御影堂の中にある、うぐいす張り廊下をある事を遠慮しました。

16th_mar_2008__3 御影堂(本堂)の正面にある、小さな忘れ傘の看板です。

16t_mar_2008_ sprinkle忘れ傘の看板の矢印に従って、顔を上げると、それらしき物体がありますが、御影堂の正面の軒と自分の目との距離があり過ぎる事と、鳩よけの金網の為に、残念ながら、骨ばかりとなった傘かどうかの確認が出来ませんでした。 やっぱり、こんな時には、望遠カメラがほしくなりますが、思案中です。 この傘は、左甚五郎が魔除けの為に置いた説と、御影堂の建立の為に、その場所からの退去を余儀なくされた、白狐が新しい居場所を作ってほしいと当時の高僧に懇願し、新しい居場所が出来た為に、白狐がそのお礼として、その傘を置き、知恩院をお守りしたとの説があるそうで、傘→雨→水の連鎖で、火災から守ると信じられています。 写真の中央付近に、縦の細い棒の様な物が見えますが、鉄の骨とは考えにくいので、竹製と思われる骨で出来た傘の様です。

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一人旅 in 京都大阪奈良岡山 (1)

一人旅 in 大阪岡山:友達が、JRが発売をしている「青春18きっぶ」で、我が家に遊びに立ち寄ったので、それに刺激されてしまい、私もその切符を買いました。初めてその切符を利用する旅の始まりです。 全国の快速列車と各駅駅停車を乗り継いで、鷲津、京都、大阪と岡山までの、7泊の何時もの一人旅です。 (写真をいろいろ撮りましたが、パソコンの不良の為に、初期状態に戻し、その前にバックアップしまたが、外付けハ-ドディスクの不完全な記録の為に、多くの写真を失ってしまいましたが、何枚か修復が出来ましたので、添付します。)
私の住んでいる地元を発車する各駅電車の時刻を間違えてしまい、最初のトホホでした。 その為に、乗り遅れる事になり、仕方なく、次の特急に乗り込みました。青春18きっぷでは、特急が乗れませんから、東京駅までの乗車券と特急券を買い求める事になりました。 東京駅に着き、気を取り直して、電車の乗換えが始まります。 東京→熱海→静岡(電車の接続時間が短いので、駅構内の立ち食いそばを3分位で食べました。)→浜松→鷲津とやっと、本日のホテルに到着です。 自宅を出たのが午前8時半過ぎで、ホテルに到着したのが午後4時半位でしたので、次回の旅には、頑張れば、1日で、大阪までいけるかも知れません。 今日の宿泊ホテルの為に、鷲津駅を主な選んだ理由は、浜松駅周辺ですと、やはり有名なので、ホテル代が高くなります。 偶々、鷲津を選びましたが、浜名湖の水辺に建っているホテルですので、名前も「湖西ホテル」でした。 水辺には鴨が遊んでいて、のどかな感じで、いろいろな工場が近い為に、ブラジルから働きに来ている人たちも暮らしている様でした。その夜は、ホテルの食堂で、定食と焼酎の水割りを飲んでぐっすりと休みました。

18_400 青春18きっぷ:全国の快速列車と各駅駅停車が、始発電車から終電車まで1日乗り放題で、5日間乗れます。又、グル-プでも5人まで、同じ電車を利用する事が出来る、超格安切符なのです。 時間の余裕がある定年退職者の人たちが、大いに利用している様です。 価格は1枚11500円で、 期間限定の発売で、次回は7月の様です。

18_400_2 青春18きっぷガイドブック:いろいろの活用方法が書かれています。まだ私は、初心者ですから、それらのマニァックな乗り方も研究したいと思っています。

15th_mar_2008_400湖西ホテル部屋からの風景で、浜名湖湖畔が見えますので、窓枠が、額縁の様で、風景画を鑑賞する、美しさです。

15th_mar_2008_400_2 湖西ホテルの外観です。 大きなビジネスホテルではありませんが、フロントも食堂の方たちも、親切な対応でしたし、とてもリラックス出来ました。

15th_mar_2008_400_3 ホテルでの夕食を食べる前に、焼酎の水割りを2杯と、冷奴を頼みました。 

冷奴を摘みながら、一杯はなかなか良いですね。

15th_mar_2008_400_4 ホテルでの夕食で、若い人たちは、鳥のから揚げ定食を頼んだり、仕事関係のお二人さんも、生ビ-ルを飲みながら、鳥のから揚げを摘んでいました。私は、鯖の味噌に定食を頼みました。 大根と鯖が味噌で味付けされていますので、水割りにぴったりのお摘みになりました。

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娘の写真

我が家の一人娘の為に、芸能プロダクションに送る履歴書に貼り付ける写真を私が撮りました。 
その写真と履歴書とデモ・テ-プを数社に、後日、送付する予定です。 

(東京で一人暮らしが長かった娘は、身も心もぼろぼろになって、自宅に戻ったのが、昨年の7月でした。 娘と姉妹の様に仲の良い家内のメンタル・ケアや、食事からの栄養もしっかり摂り、漢方薬と睡眠薬の併用をし、飼い猫たちの面倒や畑仕事の手伝いをしながら生活をしていました。 めきめきと心身共に改善し、今年の2月には、自分で職探しをし、某居酒屋チェ-ン店の新店進出に合わせて、面接と研修を受けて、3月より本格的に働きだし、過去の経験を生かして働いている為に、今月には、副店長並みの働きをしている様で、職場で信頼され、楽しく働き出しました。  数社の中の某プロダクションの書類審査が受かり、この間、その面接が東京の事務所でありました。 幸いにも内定を頂いた様子で、契約書の内容に異存が無ければ、同意する段階まで進み、娘は、自分の夢に向かって、満身の力で歩み出しました。 万歳!)

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寿司店、仲田家さんを再訪(家族のプチ旅)

家族のプチ旅:茨城県で生まれ育った、娘は、同窓の友に合いに、家内も友達に会いに、私は、茨城県のJR佐貫駅前(徒歩で数分)のある、寿司店、仲田家さんを再訪する事で、それぞれが、昼間は別行動をとり、夕方にホテルにて待ち合わせして、夕食を一緒に食べる一泊2日の家族のプチ旅なんです。

8th_mar_2008 特急に乗り、水筒の中には、今回、芋焼酎を入れて、楽しい旅の始まりです。

8th_mar_2008_2 寿司ネタの多さも評判ですが、特に親方が命を懸けて、市場からマグロを買ってきますので、特に美味しく、食通のリピタ-や家族連れの常連さんも来店します。時間が許せば、創作料理も戴ける事もあります。 JR上野駅からから常磐線の特別快速電車で、38分で佐貫駅に到着し約4分で、お店に到着します。 地図:http://www.hotpepper.jp/A_20700/strJ000310074.html

千葉県に引っ越しをする前は、私も常連客の一人でしたし、お店で知り合った、某学校のピアノの先生(当時の文部省がトルコで『日本の祭典』を主催し、彼もその祭典に参加し、トルコの魅力を語ってくれました。)と度々、トルコの土産話が肴になり、その後に、彼と二人でトルコの旅をする事が出来たのも、この仲田家さんの縁によるものでした。

8th_mar_2008_3 寿司店、仲田家さんの親方は親しみのある、顔をされていますが、青春時代は、タカちゃんと呼ばれ、一目置かれた存在だった様で、竹の様に筋が通っています。 市場では、良い食材を安く仕入れようと、彼が努力をし、頑張っているから、沢山のお客さん達に、高級食材も、安く提供してくれる訳です。 カウンタ-に座っても、それぞれの料理の値段が看板に書いてありますし、各種の寿司の値段の書かれた紙を張っていますので、一見のお客さんでも、安心して戴ける、お寿司屋さんなのです。  観て下さい、カウンタ-前のショ-ケ-スの中の食材の多さを!

8th_mar_2008_4 刺身の盛り合わせで、 しめ鯖、カンパチ、ヒラメと縁側です。

切れにくい包丁で、調理すると、同じ生の食材でも、味が味か微妙に落ちますので、毎朝、必ず包丁を研ぎ、その研ぎ澄まされた包丁で調理している事も、実は下ごしらえと共に大切な作業で、寿司職人としての仕事も、とても大変と思いながら、いつもの様に、それぞれの刺身が新鮮で、美味し戴きました。 特に大きなヒラメを仕入れをしたとの事で、縁側も身も厚く、最高の味でした。

8th_mar_2008_5鮪の漬けの握りです。 

鮪に醤油が、少ししみこみ、鮪がねっとりして、これも美味でした。

8th_amr_2008 長くこのお店に勤めている『マ-チャン』は、親方と同様に、気配りがあり、明るいキャラになので、人気の寿司職人さんなのです。 お店の昼の部も終わり、夜の部に入る前に、小休憩になりましたので、カウンタ-から出てきて、サンダルを見せてくれました。 数日前に買った、中国製だそうで、すぐに切れたので、ヒモで修理して履いている様です。 『マ-チャン』の働きは半端では無いので、サンダルも、その運動量の多さにに耐えきれなかったかもしれませんね。(笑) 小休止の時間まで、お店に残ってお付き合いをして戴き、どうも有り難う御座いました。

1_8th_mar_2008 仲田家さん、後にして、本日家族と宿泊するホテルに移動しました。 ホテル内にあるレストランで夕食を戴きました。

2_8th_mar_2008 家内は、下戸なので、海鮮丼を注文して美味しかったとの事でした。

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ジャガイモの種芋

4th_mar_2008ジャガイモの種芋:家内がネットで、ジャガイモの種芋を注文してくれました。

栗の様な食感をした、『インカのめざめ』を改良した、『インカのひとみ』と、赤い皮をしたサツマイモの様な黄色の芋の『アンデスレッド』とが、届きましたが、どちらもまだ育てた事がありません。 メ-クインと一緒に4月に植える予定です。

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