岡山駅前のメイン通りは、桃太郎通りと名付けられ、名前の通り、ご当地では、桃太郎伝説があり、桃色に染められた登り旗が、はためいていました。
宿泊先のホテルの側には、川幅の狭い西川があり、川の流れに沿って、西川緑道公園が、飛び地の様に出来ていています。 噴水が放射状に噴出し、アナログ時計が時を刻んでいます。 11時49分ですので、もうすぐ昼食になります。 ホテルの近くにある、ラ-メン店でラ-メンと餃子を頂き、腹ごしらえも出来たので、早速街の散策に歩き出しました。
岡山駅付近には、路面電車が走り、街の風情に一役買っています。 車だけが、往来する通りは味けがありませんし、路面電車が走る事により、ドライバ-は注意をして走る様になり、事故も少ないと思いますがどうでしょうか。 私は、足腰を鍛える為に、出来るだけ乗り物には乗らない様にしていますので、我が家には自転車のみで自家用車はありませんが、いずれにして、路面電車や乗り合いバスは、生活の必需品で、大切にして行くべきと思いました。
今回の岡山訪問の主目的は、岡山城の天守閣の拝観でしたが、お城と後楽園とは旭川を挟んだ位置にあり、小じゃれた橋も架かっており、散策しながら歩くには、丁度良い距離でした。
岡山城の天守閣に通じる門は、廊下門と呼ばれ、壁に小穴が設けらてますが、そこから、鉄砲や矢を敵に放ち応戦する作りになっています。
岡山城の天守閣ですが、1945年6月29日の市街地空襲による戦災で、完全に焼失した為に、建物の全体を1966年11月にコンクリ-トで建設し、お城の外観は完全復元した為に、お城の外壁の下見板が、黒い漆で塗られ、太陽に当たるとカラスの濡れ羽色に似ているので、烏城(うじょう)とも呼ばれています。 岡山県も第2次世界大戦で空襲されていた事が、この岡山城の天守閣を拝観して知る事が出来ましたので、後で、ネットで、どの地域が空襲されたか調べて、ここに書き出してみました。 東京、名古屋、大阪、神戸、京都、八幡、那覇、長崎、熊本、大分、呉、川崎、鹿児島、徳山、横浜、台北(台湾)、日立、千葉、浜松、四日市、福岡、静岡、倉敷、佐世保、岡山、下関、高松、甲府、和歌山、堺、岐阜、仙台、宇都宮、敦賀、釜石、北海道全土、大分、平塚、沼津、桑名、日立、銚子、津、串本、徳山、青森、清水、水戸、八王子、長岡、富山、前橋、高崎、福山、広島(1945年8月6日原爆)、豊川、福山、長崎(1945年8月9日原爆)、釜石、花巻、久留米、熊谷、岩国、山口、小田原、秋田(1945年8月14/15日空襲)と記載されています。 上記の広大な地域が空襲に合い、原爆が投下されて、沢山の人々の尊い命と巨額な財産を失った事や、日本兵士達や連合軍兵士達の沢山の尊い命を失ってから、やっと終戦になり、その事によって、現在の日本の平和がありますので、どんな事があっても二度と同じ過ちを繰り返してはならないと強く思いました。
天守閣をアングルを変えて撮ってみました。天守閣の側を流れる旭川の堤の道路側から、撮りました。
天守閣は三角型に出来ており、どこから見てもバランスが良く、こじんまりとしたお城のイメ-ジです。
城内は博物館になっていますので、時代劇に出てくる様な、暮らしの道具が展示されていました。 拝観料だけで、全国のお城を運営は、経済的に無理ですから、各地のお城の城内を博物館形式にして、税金で運営されていると思います。 様々な文化遺産が展示され、それらの警備やお城の警備要員等の維持管理で、年間の経費は相当かかると思いますが、税金の無駄遣いでなく、有益に利用されています。 お城は、観光資源として経済効果もあり、同時に、生きた歴史の勉強にも役立ちますので、今後も存続させて行くべきと思います。
城内には、1513年に、種子島に漂着したポルトガル人が持ち込んだ、火縄銃(全長135cm)が展示されていました。 刀、槍、弓に比べて、殺傷能力が高い為に、火縄銃が武士達の武器にとって変わっていく事になります。

このシャチホコは、土製の瓦として焼かれた後に、漆を接着剤にして金箔を貼り付けて、天守閣の再建時に造られたそうです。 佐渡などの金山から産出した金で、製造された大判、小判やお城に付きものの、山吹色をしたシャチホコを、当時の外国人達が当時の日本を見れば、「黄金の国」に映り、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスやアメリカなどの諸外国が、キリスト教の布教や交易の名の下に、日本を侵略しようと虎視眈々と狙っていたと、そんな日本の歴史の一遍をかいま見る事が出来ました。
天守閣の最上階から、シャチホコの頭側を撮りました。 ある観光ホテルが特注で造らせた、あの金の湯船が盗難に遭いましたが、犯人達は、その後とらえられたのでしょうかと、気になりましたが、シャチホコは金箔が張っている土の瓦ですから、盗難の心配は無いと思いました。 山吹色に輝いていますが、やはり山吹色は、人々を魅了する色なんですね。
大名駕籠には、履き物を脱いで、自由に無料で乗れる様です。
井戸に竹で編んだ蓋、つるべやタライが展示されています。
桶屋の仕事場の再現で、当時の職人の多くは、職種別に固まって一緒に住む様に強制された為に、桶屋が多かった街の名の一つに、桶屋町があるそうです。
火事の消火の為に、使用される桶を展示しています。
台所にある竈(かまど)や水を貯蔵する水瓶が展示されています。 昔はアルミの釜を竈に乗せて、薪をくべて、マッチで火を付けて、竹で出来た火吹き竹を、口に当てて、その竹筒から空気を送って薪を燃やしました。 煙が目にしみて泣き顔になったり、ぴょんぴょんと跳ぶ竈虫もいました。 あの懐かしい風景が、私の脳裏に戻って来ました。
天守閣から城内を出ると、すぐに白い野良猫を見つけましたが、なかなか可愛い猫でした。 先日、訪れた京都の知恩院の、「忘れ傘」の言い伝えは、白狐でしたね。 こちらは白猫でした。
月見櫓(つきみやぐら)と呼ばれ、見張りをする場所なのです。見張りをしながら、きっと月を眺め、見張りをしていた武士は、ほんの一時の安らぎを感じた事でしょう。
岡山城から見下ろすと、旭川が見えますが、その河原付近でも、野良猫を見つけましたが、野生の為に、目が鋭いです。

旭川で、川幅もかなりあり、岡山城側から橋を渡ると、岡山県の後楽園に行く事が出来ます。
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